第十話 ラケッティア、石切り場のスケッチ。
今、おれの目の前には銀髪のイケメンがいる。
どんなふうなイケメンかというと、三十代はじめくらいの銀髪で『冷徹なヴァンパイア王子』か『闇オークションの主催者』みたいな感じ。
気安く話しかけないでくれたまえ、とかすげー言いそう。
そんな圧にもじもじしながら、彼に職業をきいてみよう。
「石屋のオヤジだや」
と、とても気さくにこたえてくれる。
すさまじいギャップ。だが、彼はロンゲのイケメンであるのだから、彼もまた何かみょうちくりんな要素を持っているに違いない。
いや、この容姿で、魔族言葉を放つ時点で条件をクリアしているのかもしれない。
さて、自称石屋のオヤジの彼こそが石切り場の持ち主であるカルリエドだ。
ほっそりとした黒い外套と一緒に上級魔族のオーラをまとったこのブラッダに案内されて、おれたちは今、石荷揚げ屋という倉庫と船着き場と墓石屋を足して三で割ったみたいなところにいる。
縄で縛ってある石材と石を岩盤から切り出すのに使う工具のあいだの小道を抜けると、突然目の前に巨大な穴が現れ、かなり情けない声を上げて落ちそうになった。
これぞ、カルリエドの石切り場である。
この巨大な穴のまわりを二階建てから三階建ての建物が広場を囲うみたいに隙間なく立っていて、石切り人の家や酒場、食堂、共同浴場、仕上げを担当する石工の作業場が入っている。
石荷揚げ屋というのは石切り場の底で切り出された石を文字通り揚げる場所で、そのための大きくて立派なクレーンがある。
クレーンの動力である回し車のなかではオスの大きなケルベロス――外で見かけたら魔物と認定される魔族のペットがいびきをかいていた。
コバルト文庫に出て来そうな近づきがたい美貌に恵まれたカルリエドがおれの肩をバンバン叩きながら言う。
「ヒューマンのブラッダ、めちゃ運なんよ。昨日、おれたちパッキシいい鉱脈当てたんちゅうはサタンも知ってる話だや。岩盤ン厚くてハードだけど、ここんブラッダたちは百戦錬磨のデビルやん、メリメリバキバキいい石切ってくるんよ。サタンなブラッダに切れねえ石ィないんはサタンもご承知。でも、ヒューマンのブラッダ、あいつら戻るんにまだ時間あっから、こっちに来て、いいもの見せてやるんよ。マジ、こんなの掘れるんだや」
隣に天窓を大きくつくって明るくした倉庫があり、そこは石切り場から発掘されたものを展示するカルリエドの私的な博物館みたいになっていた。
グラマラスな古代の石像や巨大獣の化石化した下顎、玉虫色の食器、歯車装置が組み合った謎の機械、アレンカに読ませれば何か凄い魔法を思いつきそうな秘術の石版、高貴な精霊を封じ込めた歪んだ壜などなど。
「うわっ、なにこれ。マスター、これ生きてるのかな?」
透き通った石材のなかの、真っ赤で新鮮そうな心臓を指して、マリスが言う。
「微妙だなあ。もし、輪廻転生が現実に起きることなら……いや、たぶん起きたから、おれがここにいるんだろうけど、もし死んで生まれ変わる際にだ、こんなワケ分からんもんに生まれ変わる可能性がちょぴっとでもある、ってのはいただけないなあ」
「……標本?」
「なのかなあ?」
カルリエドが説明する。
「これ、みんな、サタンやヒューマンがいたよりも前のブラッダのものなんだや」
「つまり、失われた古代文明みたいなもの?」
「そうだや、ヒューマンのブラッダ。飲み込みいいだな。サタンよりも前のブラッダはみぃんな土ンなかに埋まっちまったんだぎゃ、こうして石切ってると、昔のブラッダのモノ、ちょくちょく出てくるんよ」
「この心臓、なんだか分かる?」
「これもブラッダなんよ。何のブラッダなのかはまだ分からんだや。でも、これ間違いなくブラッダなんよ。これ、マジでサタンな話」
「ふーん。これも人間だと。おれには古代文明の闇臓器ディーラーが隠し持ってた売り物に見えるけど。それよりも、その古代文明、スロットマシンはつくってないのかな?」
リン! リン! リン!
ジャックポット。
突然、ベルが鳴る。石荷揚げ屋からだ。
「連中が帰ってくるだや。車ァまわさんと」
カルリエドはミイラとスロットマシンのない古代文明博物館をそそくさと後にした。
おれとマリスとジルヴァが外に出たころには、カルリエドは回し車のなかにある鉤に布切れをひっかけているところだった。
ケルベロスが反応して、二つの頭が上がる。三つ目の頭は惰眠をむさぼりたかったらしいが、他の二つの頭に引きずられる形でのろくさ頭を上げる。
「メスのケルベロスの臭いがついとるだや。こいつら、盛りついてるんちゅうことはメス目がけて走り回って、クレーンを引き上げられるんよ」
まもなく発情したケルベロスは目の前に垂れ下がった布きれに強めの甘噛みをしようと走り出した。
だが、回し車のなかだから、走っても走ってもその顎が布きれを捉えることはない。
ぐるぐる、ぐるぐる。ずっとぐるぐる。哀しい男の性。オナニー野郎の終身刑。頭三つの犬の化け物ですら、男である悲哀から逃れることはできない。
だが、そのエネルギーたるや相当のもので、百メートルの底から石材と石切り人夫を乗せたゴンドラをあっという間に引き上げてしまった。
粗織りのフランネルに作業用のジャケットを着た魔族の石切り職人たちはやたらでかい石をゴンドラから石荷揚げ屋へと運び込んだ。
「ブラッダ。今日の石はこれかぎゃ?」
「めちゃでかだや。この模様、見てくれやん」
石の粉で真っ白になった魔族たちに勧められて、おれはその石材を見た。
おれは一目で恋に落ちた。




