第七話 ラケッティア、ヘクス・ゲーム。
渡河支援機能構造というから、宇宙海軍の駆逐艦みたいなものでも出るのかと思ったら、青い透明なプラスチック板みたいなものがヴン!と鈍い音を出して、水面から三メートルの位置にあらわれた。
P90を持ったジルヴァがその上を歩くとなかなか絵になる。
この渡河支援機能構造は戦略ゲームによくみる六角形をしていて、それがいくつも繋がって橋のようになっていた。
ただ、レンタル馬車は持っていけないので、それぞれが荷物を持って渡ることにする。
野宿はしない!という固い決意があれば、旅の荷物はリュックサック一つ分に削れるものだ。
ところで、おれはさっき、この渡河支援機能構造のことを橋のようになっていたと言った。
橋のようなものは橋のようなものであって、橋ではない。
透明な六角形は全部合わせて五十個くらいしかない。
この五十個で川を渡るのは無理。
つまり、六角形のなかで一番古くて後ろにあるものが消えて、新しいものが先端に出ていくシステムになっている。
ファミコン時代のマリオにはこういう意地の悪いステージが一個師団分のハンマーブロスとともに用意されていて、幾人ものマリオ・ディ・マリオとほんのちょっぴりのルイージ・ディ・マリオを奈落に落としてきた。
「ねえ、フレイ。この、先に行くには古いものが消えていかなければならないラッキー・ルチアーノ型シチリアの晩鐘システムなんだけど」
「なんですか?」
「消えるのが速くなってない?」
「渡河支援六角形の消滅速度は亜空間リソースの残量に比例します」
「それって、これからどんどん速くなるってこと?」
「はい」
おれはファミコン世代ではない。やったマリオはスイッチとかの温いマリオだ。一番古いマリオでもスーパーマリオRPGだが、全クリする前にカセットが消えた。アンソニー・ストロッロやジェームズ・ホッファみたいに消えてなくなってしまったのだ。
「司令。ヘクス消失による落下を防ぐ絶対の方法があります」
「おお! スバラシイ! ぜひともそれを実行してくれたまえ」
ぴと。
フレイはおれにぴったり抱きついた。
「お、おおー」
「渡河支援六角形はわたしの立つ位置は絶対に消えません」
未来のスーツ生地に包まれたフレイのささやかなお胸がぴったりおれの胸にくっついている。
チッ!
すごい舌打ちをきいて、振り向くと、ジルヴァとアレンカがほっぺふくらませて、すっごく怖かわいい顔をしている。
「じゃあ……わたしも、くっつく」
「むー、アレンカもくっつくのです!」
わかってます。こんなイチャイチャイベントが発生して、来栖ミツルがそのまま面白おかしく旅をすることを許すほど精霊の女神は優しくないってことはよく分かってます。
対岸には増水した水に根元をあらわれている小さな森があり、その暗がりから、チカチカチカッと光が碧く点滅した。
点滅したかと思ったら、スターウォーズみたいにエメラルド色の光を引いた銃弾が飛んできました。
フレイの六角形は寝れば足場で立てばシールド、飛んでく姿は覚醒剤といった代物で、この落ちたらドザエモン転生間違いなしの悪立地でいい感じに弾を防いでくれた。
もう既にひと財産もののエメラルドがシールドで弾けている。攻撃は最大の防御というつもりはないが、防御一辺倒で勝つには六十年かかるのも事実だ。
「ジルヴァ先生! 出番です!」
こくんと頷くと、ジルヴァは伏せ撃ちの姿勢を取って、三発ずつ対岸のチカチカにぶち込み始めた。
無口切ない系暗殺美少女に伏せてもらって胸が押しつけられる役得に六角形は喜んでいるらしく、こちらもチカチカ光り始める。
スケベな足場である。
しかし、足場がスケベとは恐ろしい話だ。スカートのなかを覗きたい放題なのだから。
紀一郎伯父さんの子に当たる大学生の従兄がいて、そいつに誘われて、何かのイケメンアイドルグループの会場整理のバイトをしたことがあった。
そのハコが明らかに違法建築な足場を組んで、桟敷席にしていたから、イケメングループもめちゃくちゃメジャーというわけではないが、それでもとにかく女の子で満員御礼おしくらまんじゅう黄色い声ピーチクパーチクあんたブスね○○くんにはふさわしくない、で殺し合いが起こるかもしれない。
で、おれたちが雇われたわけ。
おれと従兄はその桟敷席のすぐ下にいる警備員モドキだったわけだが、従兄はずっと上ばかり見ていた。
例の桟敷席は鉄パイプで組まれていて、スッカスカだったから、パンツが見える。
女の子たちもそれに気づいていて、「なに、あいつ。変態」「キショいんだよ」「隣のやつも絶対見てる」と言われて、勘弁してくれと思っていたが、従兄は何を言われても気にせず、始業時間から終業時間まで、ずっとパンツを見つめ続けた。
従兄曰く、
「だって、もう二度とあいつらと会うことなんてありえないからな」
あれだけの鋼メンタルなら怖いものは何もないだろうが、従兄が飲んでいた可能性も否定はできない。紀一郎伯父さんは自分の持山で酒を密造していたわけだし。
まあ、とにかく、その従兄みたいなんですよ、足場のヘクスが。スケベなんすよ。
実際、フレイがおれから離れると、なんかヘクスがひんやりしてくる。
近未来六角形タイルに冷たい塩対応。
半透明のプラスチックもどきが人間さまの好き嫌いを唱えるとはなっちょらんと思うが、
「あうう。マスター、なんだか足が冷え冷えなのです」
……どうも幼女にも興味がないらしい。
古典から引用すれば、こいつらの好みはぴちぴちギャルなわけだ。
しかし、ジルヴァやフレイが亀仙人好みのぴちぴちギャルかと言われたら、ちょっと違う。
そもそもクルス・ファミリーにはブルマやランチさんみたいなタイプの女性はいない。
体形的にはウェティアとフェリスが若干それに近いが、投石機でぶん投げれば、ちょっとしたキノコ雲があがる実情を知れば、ヘクスどもも思いとどまる。
ん? ということは、このエロ六角形どもも妥協の産物として、ジルヴァやフレイがあるわけだ。
「ふざけんなよ、この六角形ヤロー! うちの美少女クルーにケチつけんじゃねえ!」
と、おれは自分の足元のヘクスと戦いを繰り広げる。
女の子のために戦う。おれも主人公らしいことをしなきゃね。
まあ、具体的にやってることは地団駄を踏んでるだけなんだけど。
ひゅーん! ばちん!
頭のすぐ上でヘクスに弾が命中する。
「うおっ!」
今ではみんなヘクスの上にぺったり這ってもぞもぞしている。
「アレンカ、何か天罰みたいな魔法、撃てる?」
「這いつくばったままじゃ無理なのです」
「アスバーリ! 生きてるか!?」
「ああ」
「そのまま伏せてろよ」
「マスター」
「なんだ、ジルヴァ?」
「弾が切れた」
「待ってろ、新しい弾倉をもらってくる」
フレイから五十発入り弾倉をもらい、ジルヴァへ滑らせる。
弾倉はおれとジルヴァのちょうど真ん中で動きを止めた。
「……」
わかってるよ、そんな目で見ないでも。
「フレイ、援護してくれ!」
「了解しました、司令」
這って進むと、左側のヘクスが起き上がり、弾を防ぐ。
なんとか弾倉を手に取って、もう一度滑らせると、次はしっかりジルヴァの手に届いて、素早く、再装填。
ジルヴァはそんな苦労の弾倉を二秒で空にした。
戦争は虚しい。
「マスター。殺った」
「ホント?」
そろそろと身を起こすが、森から弾は飛んでこない。
「ホントに殺っつけたみたいんだな。フレイ、弾倉、新しいのをくれ。それから前進。いつでも陸地にへばりつけるように」
――†――†――†――
楡の木の根元に大量の空薬莢が転がっている。
そこから増水した川のほうと見ると、おれたちが生きて川を渡れたのは奇跡なんだなと実感し、エロいヘクスたちの貢献を讃える。
「オーナー。こっちに来てくれ」
アスバーリの指が差すのは、イノシシを解体しても、ここまで大きなものはできないだろうという血だまりだった。




