第五話 ラケッティア、街道市場。
アロザンテはそれほど大きな都市ではないが、ヤク入れた酒を売る酒屋が全部で三つあった。
そのうちひとつはつい今さっき吹き飛んだ。
残り二軒の酒屋は吹き飛んだやつの利権をめぐって、早速殺し合いを始め、ナイフ使いを雇う相場が跳ね上がった。
「これで、あの観光案内をきかなくて済む」
そう言ったのは、ここの警吏長だ。
粉々になったブロンズの欠片を蹴飛ばしている。
「それで、このあたりで、あれと同じヤクを扱ってる話は他にないのか?」
「サンドリオ街道に変な死に方をした旅人が増えているときいたことがある。あのあたりはバター屋が多い」
このあたりではバターにヤクを混ぜるらしい。
スキージャンプは着地に失敗、学校うろつく変質者、本音を語るブローカーは調査委員とポルカを踊るのさ。
世のなかはどんどん狂っていく。
――†――†――†――
サンドリオ街道は左手はだだっ広い原っぱがあって、右手は森が鬱蒼と茂っている。
つまり、街道が植生の境目なわけだ。
このあたりの力関係はというと、まず街道盗賊だが、ここでは仕事をしてはいけないことになっている。
ここの最大の利権はバターであり、バター屋は街道警備隊にカネを払って、保護を買っている。
だから、このあたりでの盗賊行為は禁止なのだ。
この警備隊はなかなかどうして、ちゃんと仕事をしている。
と、いうのも、おれたちの馬車が止められたのだ。
「クルス・ファミリーがなんでこんなひなびた街道に?」
おれは嘘は言わなかった。
「カラヴァルヴァで流せないヤクがいかれたやつに奪われた。そいつのヤクは濃度がいかれてて、それを使ったら、確実に死ぬ。この辺でそういう死に方したやつがいるんだろ?」
「おれからは言えない。だが、あんたたちが直接きくのはいい。それとその馬車にはこの旗を立てておいてくれ。調査済みの印だ」
バター色の旗をたなびかせながら、馭者台に座って、せっせと貸し馬車を駆る。
ときどき小さな一軒家が見える。森を背にしたその一軒家には人が列を作って並んでいる。
リッチなやつからプアーなやつまで。
みんなバターの虜になったわけだ。
ヤク入りバターでつくったパンケーキとターコイズブルー・パンケーキのどっちがヤバいかなと思いながら、列を無視していくと、入り口にデカいマスケット銃を持った女将さんみたいなのがいた。
そのマスケット銃は構えるとき、支柱みたいな杖を使って狙いをつけるのだが、腕が丸太みたいなそのおばちゃんなら杖なしでぶっ放せるだろう。
「横入りは大銀貨三枚」
なんてこった。横入りがカネで贖えるなんて!
これまで考えたこともなかった。
「おれ、バターを買いにきたわけじゃないんだ」
「じゃあ、帰りな」
「このあたりでヤクやって文字通り天国まで跳んだやつが増えてるはずだ。それについて調べてるんだよ。どっかの馬鹿がこのあたりに原料になるヤクを流してて、それが死人を増やしてる」
おい、兄ちゃん、と後ろから声。
すると、歯がボロボロに抜けきって、骨と皮だけになってじいさんがおれにオイデオイデするように手を振っていた。
「ヤクやって死ぬってことは、それはとんでもない濃度のヤクってことだ。つまり薄めた誤魔化しなしの本物。なら、わしはそいつを買いたい」
列に並んだ廃人どもがそうだそうだの大合唱。
ゴリラ・ママってあだ名がつきそうな女将はおれたちをけんもほろろに追い出して、うちのバターはこってりしてるとか言っている。
売人はみんなこうだ。
顧客を大事にしない。最初は強烈なヤツを売り、その後は薄めたヤツを売って、数を稼ぐ。
ときどきオーバードーズでひとり死なせて、濃さを宣伝する。
おれならこんなやつら、リーロ通りで見つけたらホウキで叩きながら追い出す。
しばらく街道を進んで、バター屋を当たってみたが、だいたいこんな感じだった。
十七件目か十八件目でやつに出くわした。
――†――†――†――
信じられない話だが、伏せたおれの上を飛び過ぎていくエメラルドの弾丸が群れをなして、回転しながら飛んでいくのがはっきり見えた。
スローモーションだよ、まさに。
客たちはパニックを起こして、あちこち逃げまわる。
「馬鹿、伏せろ!」
その警告もむなしく、何人かがもろに食らって、バタバタ倒れていく。
ジルヴァがPDWで窓のあたりに何発か連射して、そのあいだにアスバーリがドアに体当たりした。
「アレンカ、裏だ!」
「了解なのです!」
で、おれとアレンカが右から店をまわり込んだとき、裏手の雑草の茂みから連射があって、伏せた。
「ヒャーッハッハッハッハ!」
飛んでる笑い声がした。
盗んだブツを自分でもやっているのだろう。
なら、オーバードーズで死んでくれれば、何もかも解決だが、そうはいかないのだ。
結局、しばらく追いかけっこをしたが見失って、仕方なくバター屋に戻る。
すると、店は派手に略奪を食らっていた。
店頭に並ぶバターはもちろん、隠し倉庫のバターもみんな持っていかれていた。
ドアノブやランプの傘まで持っていった。
残っていたのは顔から脇腹にかけて、一連射を食らったバター屋の死体だ。
値段でトラブったんだろうな。
まあ、自業自得だ。
ヤク扱うなら、アタマのいかれたバケモノと対峙することもあるのは知ってのことだろう。
おれは馬車に立てたバター色の旗はどこまで効力があるのだろうと思いながら、馬の尻を手綱で打ち、ゆっくり焦っている様子もなく、立ち去ったが、まもなく街道警備隊に囲まれた。
「武器を捨てて、大人しくついてこい」
ジルヴァやフレイが窓から顔を出し、馭者台のおれを見上げて、目でこう訴えてくる。
――薙ぎ倒す? 薙ぎ倒す?
おれは首をふり、警備隊の騎兵にこう返した。
「武器を捨てて、大人しくついていけない。武器を持って、大人しくついていくことはできる。あとは武器を捨てて、大暴れしてついていくかだ」




