第四十五話 アサシン、フィッツの正体。
ツレンサンティ王国騎士団の武器係マーカントニオはもう何年も前に忘れ去られた窓際だった。
そもそも騎士たちの剣は騎士たちが自弁するから武器庫の剣には見向きもされない。
あとは弓やクロスボウなどの遠距離武器だが、騎士たちは飛び道具を軽蔑している。
だから、武器係は窓際なのだ。
マーカントニオも、もう六十歳なので、騎士年金は出る。
今日が最後の日なのだが、そんなマーカントニオにお呼びがあった。
はやく港へ来いと言われ、馬車で連れてこられた。
いつから騎士団は武器係のじいさんに馬車を用意するようになったのだろう、と思いながら、桟橋のひとつに行ってみて、驚いた。
フィスケッティ商会の統領ドン・フィスケッティが喉を切り裂かれて斃れている。
「わしはもう引退するんだがね」
何を求められているのか分かっているから、マーカントニオはわざと嫌味のひとつも言ってみた。
そばに置いてあった凶器の短剣を見せられ、どこかで見たことがないかと問われると、
「魔族の趣味だな」
と、だけこたえた。
騎士たちはその魔族の短剣が置かれていたことの意味をいろいろ推測して、魔族と人間のあいだで戦争が始まり、この事件は世界が滅ぶ序章かもしれないとまで言うものがいた。
だが、近ごろ就任したばかりの世間知らずな副騎士団長が魔族と関係がある犯罪組織の可能性を口にした。
この若い騎士団幹部はどうやらマーカントニオを実力があるのに皆から疎まれている、爪を隠した能ある鷹のように思っていて、立ち去ろうとしているマーカントニオの腕をつかみ、意見をききたいと言ってきた。そして、
「ロンドネ王国のクルス・ファミリーと短剣を結びつけるものはあるか?」
副騎士団長がそうたずねると、マーカントニオは首をふった。
「勘弁してくれ。今日で定年退職なんだ」
――†――†――†――
魔導飛行船は狂ったように地表を目指して、地面を貫き、ナンバーズの支配人代理の事務所を舳先が貫いた。
フィッツの正体がこの島のラケッティアでなかったら、ちょっとした抗争になっていたところだろう。
なるほど、闘技場で賭けを開帳したのもわけがあったのだ。
しかし、このフィッツといい、来栖ミツルといい、カモを見つけるとすぐに悪さを始めるのはラケッティアの宿命なのだな、と思いつつ、フィッツがなぜ来栖ミツルに借りがあり、探偵の助手をするのかきいてみた。
たぶん、何かの利権絡みだと思っていたが、フィッツは例の歯車の伯爵によって城の牢屋に閉じ込められていたらしい。
この島のラケッティアを死んだ父親から継いだのがほんの九か月前。
そのあいだ、島の商売にはいろいろ影響が出たが、シャバに残ったものたちがなんとか潰れないようまわしてくれた。
こうして最初の目的であるラケッティアに判事たちの買収を手配してもらえるという話になったわけだが。
「ああ、それなら、もう必要ないぞ」
再会した来栖ミツルがあっさり言った。
「キーワードは手首だ。いや、信じられない話だけど、おれ、ヤクをさばいたって罪で起訴されたんだよ。ふざけてるよねー。で、〈ハンギング・ガーデン〉でさばいてる売人が十人いるっていうから、そいつらの手首を伝書鷹で届けてもらった。いやあ、伝書鷹って初めて使ったけど、伝書鳩の十倍もするんだな。送料が。まあ、裁判は片づいたわけだし、これから肝心の目的を何とかしないとな」
「肝心の目的?」
「ほら、ガールズの風邪、治さなきゃ」
「あ、それなら、おれが――」
モレッティの処方した特効薬を出すと、来栖ミツルは喜んだ。
「マジ? やっぱり持つべきものはオレっ子幼女暗殺者だなあ」




