第四十四話 ラケッティア、手首。
「つまり、麻薬はいっさい扱ってないと?」
「そうなんだよ、プレーヴェ」
「じゃあ、なぜ起訴状が?」
「人違いなんじゃね?」
「ふむ。そういうことなら、司法取引かな」
「おれは司法取引なんかしないぞ」
「この城の司法取引の第一人者が?」
「それは忘れたい、黒歴史――つーか、本当に記憶に残ってないブラックホール歴史だ」
案内係がやってきて、法廷の場所が決まったと言ってきた。
「西の城にあります」
「西の城? 城のなかに城があるのか?」
西の城は城と町がぶつかりあって、地面にぶちまけられたような場所だった。
石造りの低所得者向け集合住宅みたいな塔がいくつもあって、その塔同士が、おれの見間違えでなければ、滑り台でつながっていた。
塔のひとつに入ると、いきなり法廷だった。
すでに判事らしい男がテーブルについていて、近所の住民らしいのが集まっている。
「被告、来栖ミツル。あなたはなぜここに連れてこられたか分かっていますか?」
「はい、裁判長。麻薬密輸と密売の嫌疑なのであります」
「そこまで分かっているなら話ははやい」
ここ数日、おれを悩ませてきた起訴内容のカタがついた瞬間である。
あまりにもあっけない。
「あなたは罪を認めますか?」
「いいえ、裁判長。認めないのであります」
傍聴人のヒマ人どもが「認めないってさ!」と言って、ざわざわ騒ぐ。
「静粛に。それで被告人、あなたは罪を認めないのですね?」
「はい、裁判長。世界じゅうの誰かにきいてみてくだされば、この嫌疑が馬鹿げたことであるのは明白であります。クルス・ファミリーが麻薬に手を出さないのはお天道様が東から昇るのと同じくらい当たり前なのであります」
「しかし、被告人はカンパニーと共謀し、カジノ〈ハンギング・ガーデン〉で麻薬を密売したという――」
「なに? なに? カンパニー? しかも、〈ハンギング・ガーデン〉でヤク?」
おれは裁判長の鼻先まで詰め寄っていた。裁判長たじたじ。
「そいつら、どこの馬鹿?」
「きみの雇用人だろう? 彼らはみな手の甲にKの入れ墨がある」
「裁判長閣下。一日いただければ、わたしは無実であることを証明できるのであります。プレーヴェ、後は頼む」
プレーヴェが一日稼いでいるあいだ、こっちは伝書鳩用の小さな紙にびっしりとした文字でカラヴァルヴァ・クルーに対して、やるべきことを書いた。
行きは伝書鳩だが、帰りは伝書鷲で荷物を送れ、と。
――†――†――†――
翌日、小包を十個。そのうち四個をおれが持ち、三個ずつをプレーヴェと案内役に持たせて、再度、法廷へ出向いた。
「被告人、来栖ミツル。一日経過しました。あなたの嫌疑を晴らす証拠を持ってきましたか?」
「はい、裁判長」
おれは全部の小包を破って、裁判長のテーブルに手の甲にKの入れ墨がある右手を十個並べた。
「おれのカジノで〈石鹸〉をさばいた馬鹿どもの手であります。もぎたてほやほやであります。一週間いただければ、残りの体もここに持ってこれるのでありますが、どうしますか?」
裁判長は手にゲロを吐いた。




