第十八話 ラケッティア、カミングアウト。
今や城にはアサシンの頭数よりも探偵の頭数のほうが多くなった。
コックが二十人、メイドが二十七人、召使見習いが九人といる。
探偵の数は二百人以上である。
正直、息が詰まる。
あちこちでお互いの推理のケチの付け合いによる殺人未遂が勃発していて、もうアサシンとか探偵というよりはグラディエーターだ。
吹き抜けた庭付き通路では真っ二つになった豚をコックたちが背負って、調理場へ向かっている。
おれがこの真っ二つになった豚を見ながら、
「おもしろい」
と、ひと言つぶやくと、通りすがりの、というより、目の敵にして尾行してくるツンデレ探偵は、
「おもしろいってどういう意味よ」
と、喧嘩腰に突っ込んでくる。
名探偵の面白いところはどんなに詰まらない発言でも何か裏があるだろうと思って、あれこれ邪推、というか、推理というか、まあ、いろいろ勝手に考えられるところだ。
「あの、真っ二つにされた豚たちは完全な血抜きをされている」
「それがなによ?」
なんなんだろうね。
「もし伯爵が真っ二つにされて血抜きをされていたら?」
「機械に血が流れてるわけないでしょ」
その通り。
「だが、機械には数学が流れている」
「数学?」
我ながらかっこいいこと言ったぞ。
「あの複雑な機構には数学がある。半分に切られた豚の体から血がきれいに抜かれているのは、屠殺人が血の抜き方を知っているからだ。そして、今度の犯人は機械から数学を抜く方法を熟知している」
「じゃあ、犯人は伯爵から数学を抜いて殺そうとしたってこと? でも、伯爵はタオルを噛まされて死んだんじゃ……」
「犯行は突発的だが、殺意はあった。そこに数学が絡んでくる」
この辺でやめておこう。
じゃないと、数学に詳しいという設定が生えてくる。
おれ、数学大嫌いなんだ。
なんだよ、虚数って。存在しないのに何で勉強せないかんのじゃ?
存在するものでも手いっぱいなのに。
「どういうことよ。数学って」
「どういうことなんだろうね」
「馬鹿にしてんの?」
「勉強すればするだけ分からなくなるんだ。数学は」
これは事実だ。
勉強すればするほど分からん。
赤点ギリギリで済んだのは奇跡だ。
テストでは、まあ、全科目で百点の大変な変態もいるけど、そこまでいかなくても一点ものなやつがいる。
数学だけ得意とか、英語だけ得意とか、歴史だけ得意とか、物理だけ得意とか、そういうやつが結構いるけど、おれは何が得意科目だったんだろ? 道徳?
「あの先生」
「ん?」
「お客さまです」
「ふむ。来客か。どなたかな?」
なんか、しゃべり方まで名探偵。フーっ。
「ええと。カンパニーから来たという方が。商談があると」
――†――†――†――
伯爵が殺された現場へ向かう途中、ヴォンモを見つけた。
なんでも、おれを探すためにお屋敷付き幼女になり、椅子の下のクッキーのかけらを集めて、ラ・クカラーチャが繁殖するのを防ぐという崇高な使命に身を捧げているそうだ。
「ちょうどいい。ヴォンモ、こっちはおれの探偵助手のフィッツだ」
「こんにちは」
「こんにちは。それで、マスター。みんな心配してますよ」
「クレオとジャックは?」
「城の外です」
「そうか。じゃあ、ヴォンモ、ついてきて」
おれは伯爵の執務室にやってきて、あの赤いビロードの紐をまたぎ越し、制止する人びとを気にせず、伯爵の死骸の隣に立つと、こう言った。
「お集まりの皆さん、耳の穴、かっぽじってきいてほしい。伯爵殺人事件の犯人だ」
おれはフィッツに笑いかけ、ヴォンモの小さな手に小さな紫のカットグラスの小瓶を握らせた。
「これ、アサシン風邪の特効薬。あいつらに飲ませて。もし、偽物だったら、見かけたカンパニーの人間を無差別に殺しまくっておいてね」




