第十一話 アサシン、眼福。
ボディラインがくっきり分かるぴったりとしたつくり。
ニーハイソックス。
猫耳。
これが噂のミツルくんのアサシンウェア・バージョンですか。
噂通りの破壊力。
仕立てを行うものとして見ても、実に素晴らしい出来です。
「全員動くんじゃねえ! 犯人はこのなかにいる!」
ミツルくんが城じゅうの人間にきこえるほどの大声で叫んだので、みな集まってきて、容疑者が二百人ほどになっていますが、しかし、全人類から二百人まで絞ることができたミツルくんの手腕にただただ脱帽するばかりです。
「しかし、ドン・ヴィンチェンゾはどこに?」
ミツルくんに会えたのは嬉しいのですが、ひとつ謎が残りました。
しかし、それ以上に厄介なことは、
「ドン・ヴィンチェンゾ? 誰だ、それは?」
「ミツルくん。義伯父さまの名前ですよ」
「おじさま? て、ゆうか、あんた、だれ?」
「あなたの忠実なしもべ、リサークをお忘れですか?」
すると、邪魔者が口を挟みます。
「記憶喪失なのか? じゃあ、おれと婚約していることも忘れているのか?」
「え? おれ、婚約してたの? しかも、男と?」
「ドサクサに紛れて、何を言っているんですか? わたしが婚約者です」
「おれ、二股かけてたのか?」
「違う。真の婚約者はおれだ」
「わたしです」
「まあ、いいや。そのへんのことは。それより、いまはこの殺人事件だ」
「殺人、というより殺機械ですが」
わたしたちをここに連れてきたイシュトヴァン青年は動きを止めてしまった伯爵を前におろおろしています。
「修理はできないのですか?」
「無理です。この機械を発明した本人でなければ」
「ならば、発明者を呼べばいい」
「既に亡くなっています」
「この手の機械工には師や弟子がいるでしょう? そこを当たれば?」
「伯爵ご自身がつくったのだ」
つまり、このアサシンの島の支配者であった伯爵は不老不死に対して機械学的アプローチをかけたというようです。
人の命を奪う島の支配者が実は死を恐れる。
アサシンギルドにはよくあることです。死を恐れるあまり、冶金学的アプローチを行うものもいます。金属は永遠だから死なない、と言って、溶けた鉛を飲んだ人を知っています。
まったくもってお話になりません。
生は有限であり、だからこそ、わたしたちは有意義に生きなければいけないのです。
だから、ミツルくんの姿をしっかり眺めます。
いまのミツルくんは記憶喪失だからいいですが、記憶が復活したら、間違いなく今着ているものを脱いでしまいますからね。
「こういうとき、一番怪しいのは誰だか分かるか?」
ミツルくんが言いました。
「どなたですか?」
「第一発見者だ」
「ですが、そうなると犯人はあなたということになります」
「そこが困ったところだ。とりあえずケーサツを呼ばないといけない」
「なぜですか?」
「こういうとき、ケーサツは間違った証拠で間違った人物を捕まえて、醜態をさらすものだからだ。それを名探偵と彼の助手が華麗に真相を明らかにして、万事休す」
「探偵、とは誰のことです?」
「もちろん、おれだ」
「では、助手はおれが務める」
「あなた、ミツルくんの言ったことをきいていなかったのですか? 事件は華麗に解決されるのです。なら、それはわたしが助手になるべきでしょう。あなたなんて、せいぜい容疑者を拷問にかけて、間違った証拠を集めるだけです。警吏たちの手伝いをすれば、いいでしょう」
「よし、分かった。表に出ろ。助手はひとりで十分だ」
「受けて立ちますよ。二度とアサシンウェアをお目にかかれない体にして差し上げます」
――†――†――†――
ヨシュア相手に無駄な時間を過ごしているあいだに助手が決まってしまいました。
城で働く召使いの少年です。
特徴らしい特徴のない、少年です。
なんでしょうか? この胸に湧き上がる感情。
間違いなく嫉妬です。
だって、ミツルくんに選ばれたのですから。
横を見ると、ヨシュアが歯軋りしています。
こういうとき、殺さないで何のために暗殺術を会得したのか分かりません。
ヨシュアも同じ考えだったらしく、不本意ながら一時停戦と一時共闘です。
助手に指定された少年の頸動脈を狙って、跳躍したのですが、高い金属音とともにわたしの一撃が受けられました。
ヨシュアの攻撃とぶつかったか?
いえ、違います。防いだのはミツルくんでした。
いつの間にか、手にナイフを二本、それがわたしとヨシュアの一撃を防いだのです。
ヨシュアはともかく、わたしの攻撃を見極められるほど、ミツルくんは戦闘力がないはずですが、アサシンウェアの効果でしょうか。
逆手持ちにしたナイフの向こうに、あの魅惑の三白眼がきりッとしているのをもろに見て、わたしは気を失いました。
眼差しで殺せる、とはこういうことを言うのでしょうね。
誰かが電気蟹の壜を持ってこいと言ったので、心臓が止まったのでしょう。
霞んでいく意識のなか、見えたのはヨシュアがやはり電気蟹の壜で心臓に電撃を受けているところでした。
ああ、冗談じゃない。
最期に見たのが、ヨシュアが人工呼吸される様子なんて、絶対に嫌です。
おっちょこちょいが誤って、わたしの頭を蹴飛ばし、そのおかげで視線がミツルくんのところに向きました。
ミツルくんはくるくると短剣をまわしながら、背中の鞘に納めているところでした。
最期にスカート風の飾りとニーハイソックスのあいだの肌を見て、これなら死ねると納得しました。
そんなわけで今後は霊魂となって、ミツルくんの守護を行うことにいたします。




