第十七話 ラケッティア、ミミさん。
ここ数日、火炎外套十着と火縄銃五十丁を売った。
野戦調理車を売ろうと思ったが、これはまだ売れず、五台ほどプールしてある。
最大の戦場ノヴァ=クリスタルはもうまともに建っている建物がひとつもなく、逃げ遅れた市民は何人いるのか分からない。
釣り餌はかなり売れている。
最近、おれの武器商人としてのランクが爆上がりした。
もうちょっとゆっくり上げるつもりだったが、火炎外套が思ったよりもよく売れて、注目されたので、ボストニア国内の武器商人でも大商人と言えるほどの連中が集まる、武器サロンみたいな場所に出入りをするのが許された。
品のよい光沢の高級木材の部屋に剣や斧を交差して飾り、西洋屋敷に欠かせない鎧一式が五十体もある無駄な部屋に出入りして分かったのは、誰もが不良債権を抱えていて、ツケにした武器代が支払われないことを恐れていた。戦争に負けるよりも恐れていた。
他の武器商人たちは火炎外套をつくる工房のことを知りたがった。
おれを出し抜いて直接契約するつもりなのが見え見えだったが、嫌がらせのつもりでカンパニーから委託販売を受けたと言っておいた。
武器のことはいい。
最大の問題はフレイになかなか会いに行けないことだ。
「そんなわけで、今日は城に行くぞ。誰が止めても行くからな」
「止めはしないさ。ボクも行くから」
「アレンカも行くのです」
「そうやってみんなが行ったら、誰が売り物を見張るんだ?」
「いいじゃん。どうせタダだし」
「Tポイント……無尽蔵……」
その後、馬車の馭者台に乗ろうとしたスピードクレイジーを引きずり下ろし、カネに物を言わせて集めた食べ物と飲み物を籠に詰め込むと、一路、南の古城へと向かった。
ボストニアとセブニアの戦争は主に国境で起きていて、そこにナイアガラの滝ができていた。人もカネも物資もどんどん流れていき滝つぼへ落ちていく。
だが、戦線から離れた場所は静かで穏やか。
戦争してるのがウソみたいな田舎の風景がどこまでも続く。
古城まであと一時間のところで、腹がきゅうきゅう鳴ったので、馬車を止めて、サンドイッチとリンゴジュースのお昼をとった。
そこはポプラの並木が見える静かな丘で、そばには畑があり、小さな集落が見える。
後でガールズたちに言われたのだが、このときのおれはサンドイッチを大きくかじったまま、動きが停止していたらしい。
いくら話しかけても反応しないので、ジルヴァが渾身のウサギの真似をして、ぴょんぴょん飛んでくれたそうだ。すげえ見たかった。
そんな覆面美少女の健気な物真似に反応せず、おれが見ていたのは、畑と農村だ。
農婦が鍬を振るい、少女は汲んだ水を家に運ぶ。
狩りでウサギをとってきた少女がいれば、洗濯物を乾かす少女もいる。
この村に圧倒的に足りないもの――それは男と家畜だ。
どちらも戦争のために引っこ抜かれたのだろう。
ざっと見た感じ、男で残っているのは五歳以下、七十歳以上だけだ。
「このままいけば、戦争に勝ったとしても国として成り立たないな」
女九人に対して男が一人のハーレム国家まっしぐらだ。
「まあ、でも、おれは武器売って稼ぐわけだし。ラッキー・ルチアーノも言ったじゃん――いいやつになるには遅すぎる、って」
――†――†――†――
例の古城は半分池で水浸しだが、前に来たときはなかった吊り橋や木道ができている。
ヴォンモの闇魔法のなかに住んでる暗殺部隊が両手の爪で木材をジャキジャキ切って、水没部分も使えるよう足場などを組んでいるようだ。
「よお、調子はどうだい?」
「これは来栖の旦那。あっしらは元気でやんす。キキキ」
「最近、人、殺してる?」
「おととい、十人ほど仕留めやした」
「ここに襲撃かける馬鹿がいたの?」
「傭兵崩れの盗賊でやんす。ヴォンモさんが気づきやして、みんなが寝ているあいだにさっさと仕留めたのでやんす」
「おお、アサシンっぽい」
「そうでやんす。Tポイントが集まると、お手当も増えるので、あっしらはもっともっとヴォンモさんが尊く見えるよう、頑張ってるんでやんす。でも――」
「でも?」
「まあ、ちょっと信じがたいことが起きてるんでやんす。それは旦那がご自分で確認したほうがいいでやんす。キキキッ!」
緑樹と建造物が入り乱れる城に入ると幼女は池のそば、緑樹の枝、石の回廊とあらゆる場所にいた。戦場での傷が癒えてない子もいたが、笑っている子もいる。
フレイは幼女をひとりずつ抱きかかえて、本人が飛行ユニットと呼ぶ、どうやってあんなに小さく折りたたんでいるのかいまだに不明の翼で城の上を飛んでいた。この遊覧飛行はなかなかの人気で、フレイのまわりには幼女がたくさんいる。
「やほー。来たよ」
「司令。お待ちしておりました」
「調子はどうだい?」
「悪くないのではありますが、ちょっと」
「ちょっと?」
「それは御覧いただければ分かります。ただ、その前に三分間の遊覧飛行における補給機能実施の許可を要求します」
フレイがおれに抱きついて、ガールズたちが気づいたころには後の祭りで、おれはフレイと一緒に空を飛んでいた。つかもうと思えば、オッパイつかめたけど、パラシュートがないことを考えると、それはやめておいたほうがいい。
「ひゃーっ!」
「まだまだです。司令」
速度が半端ない。
「なあ、フレイ。これ速度出し過ぎじゃない? なんていうか、空気が音の伝動に間に合わなくって塊みたいになってるけど」
「司令。しっかりわたしにつかまっていてください。落ちたら、地面にぶつかる前に音の壁にぶつかって粉砕です」
「ぎえーっ!」
その後、三分間たっぷり音速の旅を楽しみ、さらに抱きつかれっぱなしでにおいまでクンクンかがれました。朝風呂しておいてよかった!
「スキンシップ――ごほん、遊覧飛行補給機能により、エネルギー充填が完了しました」
「あー。生きて帰ってこれた。でも、フレイの体、柔らかくてあったかいです――いてえっ、いていてぇっ!」
後ろからローキックを三発食らった。
つまり、四人のうちのひとりはローキックをしなかった。
この状況でローキックをしなかったのは、自分が他のガールよりも大人で余裕があって、フレイの三分間クッキングにも動じませんよという意識のあらわれだ。
まあ、こういうのは顔を見れば分かるのだが、見ると、マリスとアレンカとツィーヌは涼しい大人の(と、本人たちが思っている表情で)余裕をかましていたが、ジルヴァがマスクに隠れても分かるほどにぷんすかしていた。
ひとりで三発か。かわいいことになってんな。
と、いかんいかん。城で起きている『信じがたい』『悪くはないが、ちょっと』な出来事を見なければ。
――†――†――†――
信じられん。
ミミちゃんが幼女を見てるのに、ペロペロしようとしない。
それどころかぶすっと不機嫌な顔をしてる。
ミミちゃんの目の前ではヴォンモが戦争孤児の幼女たちにふわふわたまごパンの作り方を教えている。
その動作のなかで、自然に「うんしょっ」とか「あうー」といった声が漏れる。
おれはモレッティを呼び出した。
「お呼びですか?」
「あれ、どうなってるの?」
「ミミちゃんさんのことですね?」
「Tポイントは?」
「発生しています。物凄い勢いで」
「じゃあ、なんで不機嫌なの?」
「ご自分で確認なさっては?」
「誰も確認していないの?」
「なんだか、恐ろしくて。底知れないものがありますからね。あの方は」
ジェノヴェーゼ・ファミリーの最強幹部の名を冠する悪魔がここまで言うのだ。
よほどすげえことになっているのだろう。
以下はおれが話しかけたときのミミちゃんの返答である。
「ここにいる幼女の数だけ、悲劇がある。親と離れ、いつ死ぬかもしれぬと怯え、その日の食べ物に窮して、その瞳から涙が落ちた日々がある。幼女が自分よりも幼い妹のために言った『おねえちゃんはおなかいっぱいだから』という嘘がある……こんなこと、許されるわけないだろうが! 幼女は世界の宝だぞ? 今の世界を未来の世界へつなぐための黄金の鍵なんだぞ? その幼女につらく悲しい思いをさせて、何が正義か! どれだけ高邁な理想があれど、そこに虐げられる幼女がいる限り、その理想は虚偽の張りぼてであり、打破されるべき悪行。そのような王位に価値などないわ! 愛に生きる小売王として、この現状にはもう我慢ならぬ。わたしは戦争を終わらせる。幼女を苛むこの邪悪で馬鹿げた争いにピリオドを打つ!」
ミ、ミミさん!




