第十三話 ラケッティア、スポーツ・フィッシング。
「まあ、多角的に見て、あの王さまはクズだな」
いま、ボストンでは釣りが大ブーム。
老いも若きも男も女も釣りに没頭している。
戦時下の首都において、釣りは食料を得る重要な手段である。
その釣果に自身の存在がかかっている。家族の食い扶持がかかっている。
しかし、魚釣りというのは針をつけているだけでは釣れない。
餌をつけねばならない。
既に首都の土は掘り尽くされて、ミミズは絶滅した。
次に使ったのは疑似餌である。
ミミズの形に切った紐を垂らすのだ。
最初はこれで釣れたが、魚も馬鹿でなく、ついにこれを見破った。
ここに来て、人類は餌に自分たちの食料を使うことになった。
蒸した麦粒やパンの欠片、そして塩漬け豚肉の欠片を使うに至って、釣りは投機的性格を帯びてくる。
釣れれば魚が死に、釣れなければ人間が餓死する。
釣りは対等なデスゲームになった。
だが、おれが思うに城壁を出て、田舎にいけば、葦の生えたところで網をちょっと動かすだけで川エビが取れる。
正直、魚だって馴れない麦粒よりはエビのほうが食いたかろう。
ここにカネ儲けの予感。
つまり、釣り餌ギルドをつくる。
川沿いの農家を抱き込んで、釣り餌流通を独占するのだ。
「そんなわけでピクニックに行きます。行きたい人、手を挙げて!」
しーん。
誰を手を挙げてくれない。
おれ、嫌われてるのかなあ?
いやいや、違います。
四人ともまだアサシンウェアをつけてます。
そして、顔には感情のない微笑み。
これがかなり気に入ったらしく、冷酷無情の暗殺美少女から善悪の判断がつかない暗殺美少女にステップアップしようとしていた。
ただ、善悪の判断がつかない暗殺美少女は釣り餌を獲りに行くのについていってもいいのかどうかが分かってない。
なにせ、この芸風、つい今さっきつくったものである。
「わかった、わかった。来ないならいいよ。おれひとりで行くもんね」
一瞬だが、善悪の判断がつかない微笑みがぐらついたが、最新流行が買った。
網をひとつと小さな幌馬車、それに厩舎をいくつかまわって一番肥えた馬を(つまり一番高い馬なのだが)、借りて、さっさと城壁の外に出た。
田舎道を十分も進むと、さあっ、と風がやってきた。
後ろを見ると、マリスがいた。
「みんなには内緒だからね」
「はいはい」
また七分ほど進んでいたら、さあっ、と風。
「あっ、マリスがいたのです!」
「なんだよ、そっちだってやってきたじゃないか!」
五分ほど進んだら、さあっ、と。
「ゲッ、あんたたち!」
「この調子だとジルヴァも――」
三分ほど進んだら、さあっ。
「……っ!?」
「はい、これで四人揃いました。それにしても善悪の判断がつかない暗殺美少女の微笑みモードって、そんなにツボに入った?」
「画期的よ」
「ふーん。玄人から見て、あの王さまってどう?」
「ボクら下請けじゃあ、一生かかってもかなわないほど人を殺してる」
「性格最悪なのです」
確かに最悪だ。
あの後、王さまがおれに会わせたいやつがいると言っていたが、それは〈将軍〉――カンパニーの最高幹部のひとりだった。
本名、エンリケ・デ・レオン。
カラヴァルヴァの大通りの名になった英雄ロデリク・デ・レオンの子孫で派手な軽騎兵野郎である。実際、ロンドネ王国の騎兵元帥だ。
こいつがこの戦争の兵器売買に関わっていたらしい。
おれたちを見ると、顔がみるみる紅潮したが、一国の国王の前なので礼儀くらいは分かってる。
王さまが見せたかったのは、ちょうど〈将軍〉が売り物を見せているところだった。
それがなんと火炎放射器。
それは火が出る水鉄砲だった。
ふいごのレバーを動かして、タンク内を高圧にして、焼夷液をぴゅっ、と出す。その筒の先に火のついた導火線があるので、それで炎が出る。
言うまでもないが、この水鉄砲。下位互換だ。
射程距離は三メートル。しかも、最後は暴発してデモンストレーション係が大やけどを負った。
王さまはその滑稽さがウケるらしく、笑いを必死でこらえていた。
そして、このポンコツに金貨六百枚――おれの焼夷外套と同じ値段――を厚かましく要求したところで笑い転げた。
おかげで〈将軍〉の恨みを買った。
〈提督〉に連絡して、再建した暗殺部隊を送れと言っているかもしれない。
「負ける気はしないけどね」
と、マリスは男前。
「あんまり派手なことは避けてもらいたいけど、こればかりは相手の出方だからなあ」
――†――†――†――
と、言っていたら、これですよ。
帰り道で待ち伏せしてやがった。
殺った数は、一、二、三……全部で七人。
「マスター、見た!? ボクの突き! あの生き物みたいな切っ先の動きが相手を誘い込んで、ブスリとやるんだ!」
「マスターが見てたのはわたしのレモン絞り! あれが体内に入ると、レモン絞り器にかけられたレモンみたいな声をあげて苦しむんだよ!」
「レモンは声をあげませ~ん」
「あげる!」
「あげない!」
血みどろのまま、マリスとツィーヌはレモンがしゃべるかどうかの不毛な論争に入り、一方でジルヴァとアレンカはそんな低レベルな言い争いなどしませんよ、このくらい当然ですよ、とすまし顔していて、それでいて、チラッチラッとおれを見てくる。
おれが近づくと、なでなでしてもらうのにちょうどいい高さに頭をもってくる。
でも、ダメだ。
おれの手は血で汚れている。
でも、おれが殺したわけじゃない。
ジルヴァが刎ねた暗殺者の首が飛んできて咄嗟にトスしたからだ――今は血が乾き始めてベトベトのガビガビである。
このようにてんでばらばらなクルス・ファミリーなので、田舎風の馬車に乗った老夫婦が血みどろの殺人現場にやってきたら、いくら正当防衛だとしても、おれが言い訳しないといけなかった。
「いえ、つい今さっきまで全国トマト会議がありまして、議論が紛糾していましてね」
「え? 全国トマト会議が? わたしは十一月の開催だときいていたのですが。委任状も届いていないし。まあ、仕方がありませんな。評議員のマントイフェルさんはお元気ですか?」
「えーと。はい、とても元気っす」
「あなた。マントイフェルさんは昨年お亡くなりになられたじゃありませんか」
「死体として、とても元気ってことです。ほら、いるでしょう。ぴっちぴちな死体。見てると、こう、腹の底からやる気が出てくる死体」
「なるほど。マントイフェルさんならあり得ることですな。元気の塊みたいな人でした。しかし、ひどいトマトの散らかりようだ。確かに議論に熱が沸いてくると、トマトの投げ合いになるのですが。今年はとくに凄い。あのトマトは肉みたいに見えるし、あっちのトマトは生首みたいに大きい」
「そうですか?」
「あんな大きなトマトが収穫されるなら、今年のトマト事情はだいぶ良くなりそうですな。なにせ戦争でトマトもだいぶ供出されたから……おや、あっちからやってくるのは、マントイフェルさんじゃないかな? 死んだんじゃなかったのかな?」
「ああ、あなた。何を言ってるのです。マントイフェルさんはお元気ですよ。先月会ったばかりじゃないですか」
「お前、マントイフェルさんは去年死んだって言わなかったか?」
「言ってませんよ」
「ふうむ。ところで――あれ、さっきの人たちはどこに行ったんだろう?」




