第十二話 尊い人/ラケッティア、無邪気。
その日の朝、戦争孤児の幼女がやってくると、ミミちゃんが莫大なTポイントを遺して、心肺停止状態に陥った。
「どうしましょう?」
ヴォンモがたずねると、フレイは「投入の必要性が発生するまで予備戦力に組み込む」、はやい話が放置を勧めた。
モレッティはTポイントを稼ぐために目を覚まさせるのがいい気もするが、目を覚ました後のことに責任が取れるか考えて、悪魔と言えど、責任がとれないとして、これもまた放置。
「じゃあ、ミミちゃんはそっとしておきましょう。それより、お腹空いてない? おれが何か作って上げるよ」
頬がこけ、目を見開いて、小さく震える幼女たちにヴォンモはふわふわたまごパンをつくった。
甘くて柔らかいおやつを前に幼女たちはどうしていいのか分からなかった。
「大丈夫。誰もとったりしないし、怒ったりしないよ」
そう言うと、幼女たちは動物のようにがっついた。涙を流し、しゃくりあげながら、ふわふわたまごパンを平らげると、ヴォンモはおかわりをつくるといって、フライパンを焚火にかけた。
「おや」
と、モレッティが言った。
「どうかしましたか?」
フレイがたずねると、モレッティはかなりのTポイントが貯まっていると返した。
「ミミちゃんが行動不能状態に陥っているのにですか?」
「あの子たちですよ」
見ると、ふわふわたまごパンを焼こうとするヴォンモのまわりに幼女たちがひしっと掴まっていた。
「あはは。そんなにしがみつかれたら、パンが焼けないよ」
――†――†――†――
さて、今回、工廠からもらったのは焼夷外套と呼ばれるものだ。
この兵器は分厚い防火素材でつくったコートと分厚い手袋、鉄格子に強化ガラスをはめ込んだ防火面、そして、焼夷液をたっぷり入れたタンクから成る。
分厚い防火手袋の手のひらには小さな穴が開いていて、これがパイプで焼夷液タンクと繋がっている。
つまり、魔法が使えない人間でも簡単にベギラゴンを撃てるのだ。
「テッドブロイラー! がががっ!」
手のひらから迸る火炎で鎧をつけた藁人間が一瞬で消し炭になる。
「丸焦げだー! がががっ!」
気分はメタルマックス2に出てくるテッドブロイラーですよ。
これがあれば、保険金目的の放火もお手の物。
重いし、熱いのが珠に瑕だが、それは火力と戦術で補ってもらおう。
手袋の火力を微調整して、ジャガイモを握って、焼きじゃがをつくっていたら、いかにも王さまのお使いでございって顔の男爵がやってきた。
貴族の偉い順番は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵で男爵の下は勲爵士、つまり騎士だ。
男爵連中は上るべき階級が四つもあるので、出世にガツガツしている。
ひたすら王さまの手足となり自分を売り込むか、戦争に行くか。
傭兵隊を結成して戦場に赴く男爵ほど、ひでえ盗人は見たことがない。
やつらは目についたもの全部盗み、全部火をつける。
おれのもとにやってきたのは召使い型男爵だった。
「光栄にも国王陛下が謁見を望んでいる」
「そりゃどうも。焼きじゃが食う?」
「そのような庶民の食べ物。見るのも嫌だ」
「王さまは何を見たいんだ」
「その火炎のグレートコートを見たいとおっしゃっておられる」
焼夷外套が火炎のグレートコートになっている。
興味の後にやってくるのは常に中二病命名だ。
「じゃあ、これ、着たまま、行ったほうがいい?」
「それは任せる。国王陛下を失望させないように」
――†――†――†――
ハングド・マン通りのどんつくにある門の先に美しい宮殿がある。庭園も美しいし、うろつく召使いも美しいし、近衛兵も美しい。
戦争中とは思えない美しさはいかに国王がクソッタレな倫理感の持ち主であるかを示している。
戦争で民草がひでえ目に遭っているのに、自分だけ美しいものに囲まれて暮らすというのはどんな王さまだろうと思ったが、これが十六歳の少年。
名はアイニアス七世。金髪で美しい顔立ちだが、こいつが自殺攻撃を命じた回数は数えきれない。
最近のお気に入りの言葉は『根こそぎ動員』。
十二歳以上の立って歩ける男を全員戦場にぶち込むらしい。
それ、やったら、国は残っても国民が残らない。
さて、焼夷外套だが、こんな重いもの着て歩きたくなかったので、ラバに曳かせて持ってきた。
子どもっぽい顔立ちの国王はいつも微笑んでいる。
民草が誕生日を祝ったり、延臣の死刑を見ているときでもずっと微笑んでいる。
そのまわりには親衛隊がずらりと並んでいる。
もちろん、こっちにはアサシンウェアと冷酷な暗殺者っぽい顔をしたガールズたちがいる。
この表情。つい今さっき、アサシンウェアに着替えようとして、タイツみたいなレギンス相手に苦戦しながら片足でぴょんぴょんしていたなんて嘘みたいだ。
「偉大なる国王陛下。いま、ここに陛下のために尽くしたいという殊勝な商人を連れてまいりました」
「ご苦労です。マロラ男爵。あなたには特別な友誼を感じずにはいられません。そこで特別な褒美を用意しました。〈鷹〉の間へ行ってもらえますか?」
「ありがたき幸せです」
男爵は震えながら、奥へと行った。
場所を中庭に移すと、国王は早速、延臣の親衛隊員に焼夷外套を身につけるように言った。
「さて、来栖さん。この兵器について教えていただけますか?」
「はい。陛下。こちらは焼夷外套I型でございます。重さは燃料タンクを入れて二十七キロ、防火外套の耐熱は五百度。手袋には背中のタンクとパイプでつながり、放出された焼夷液は燃えながら、相手に降りかかり、二千度の高熱で対象を一瞬で灰にします。射程距離は三十メートル。対人戦闘、対兵器戦闘でも大きなアドヴァンテージを取れるだけでなく、敵の防御陣地の破壊においても期待のできる武器です」
「焼夷液の量はどのくらいですか?」
「通常戦闘で三時間持ちます」
「素晴らしい兵器ですね。しかし、その威力は実際に見てみないと確信が持てないので、ちょっと場所を移しましょう」
国王の延臣や親衛隊の後をついていくと、石でできた中庭にやってきた。壁や床に焦げた跡や砕けた跡、それに血の跡らしいどす黒いシミが残っている。
その真ん中にはさっきの男爵が重ねた薪の上に立てた柱に縛りつけられていた。
「男爵。あなたの王国に対する献身には感動せずにいられません。自らを新兵器の実験に差し出すとは」
男爵は猿ぐつわを噛まされているが、それでもくぐもった悲鳴から奴さんが自発的にジャンヌ・ダルクごっこをしているわけではないのが分かる。
「では、早速、あれを焼滅してください」
男爵が灰になるまでほんの十秒だった。
「これを買いましょう。いくらですか?」
「一着金貨六百枚です」
「現在いくつありますか?」
「あの一着だけです」
「明日までにさらに五着を用意してください」
「はい、陛下」
すると、延臣のなかから財務大臣があらわれて、
「陛下。国庫には三千枚の金貨支払いにあてられる金額がございません」
「大臣。現在、塩にかけている税金は?」
「塩一袋につき、銀貨一枚です」
「それを銀貨三枚にしなさい」
「それでは民が――」
「さあ、来栖さん。素晴らしいものを見せてくれましたね。あなたに会わせたい人がいます。こちらへどうぞ。大臣。あなたは先ほどの税を設定してください。大臣、あなたは分かっていると思いますが、わたしはあなたに命令しているのではありません。お願いをしているのです」
微笑みを崩さずにそう言われて、いやダメっす、とは言えない。
「……承知いたしました」
冷酷非情の見本だな、この王さま、と思って、ガールズを振り返ったら、四人とも目の笑っていない微笑みを浮かべていた。
影響されやすいんだから。




