第五話 弐号社畜、きみたちは原石である。
「きみたちは原石である」
そう言ってきたのは白い山羊ヒゲを生やした老人だった。
地味な毛織物の外套のボタンを上までとじて、フェルトのチューリップハットをかぶった、とびきり貧乏ではないが、金持ちではありえない、永遠の中流階級、あるいは国債を買いまくって、その年金で生活している不活発な老人。
豪華に暮らしているわけではないが、毎日のパンの心配をしたことがなさそうな老人だ。
そんな老人がクレオとイスラントの前に立ちはだかって、こう言ったのだ。
――きみたちは原石である、と。
ちょっと舞台を説明すると、そこはセブニア王国の首都セヴォニアである。
首都の名前に関する来栖ミツルの予想は外れたのだ。
そのセヴォニアには城門から宮殿までつながる目抜き通りがあり、ビヘッデッド・マン通りと呼ばれていた。
その目抜き通りをふたりはドラゴン戦車と一緒に進んでいた。
ふたりは戦車の装甲の上に乗り、誰かがこの兵器を買いたいと言いに来るのを待っていた。
ドラゴン戦車は前方の胴体に外輪が二輪、後方の尻尾の下に一輪の前輪駆動三輪式。四列魔導機関。頭部から火炎放射を行う駆逐兵器として優秀であるだけでなく、正面十ミリ装甲と防御力にも自信がある。
来栖ミツルがロングソードを五本と小さく持っていくのを尻目に弐号営業社畜チームは一撃必殺が商業ドクトリンとしても成り立つという直観のもと、ドラゴン戦車を一両製造し、セブニアへと向かったのだった。
メーカー小売価格は金貨七百枚である。
戦車製造に必要なTポイントは古城の枝の茂る場所に小さなテントを張ろうとしたヴォンモがテントのロープを引っかけるためにちょっと高い枝の下でぴょんぴょんジャンプしているのを見たミミちゃんによって確保された。
そんなわけでいきなり重兵器セールスをかけようとしたふたりだったが、どうしたわけか、誰もオファーをしてこない。
そうこうしているうちに宮殿前に来たが、宮殿は水堀にかかった橋を巻き上げて、ドラゴン戦車を入れさせぬと構えている。
仕方なく、ビヘッデッド・マン通りを折って返しているところで言われたのだ。
「きみたちは原石である」
「おれたちは武器商人だ。石ころじゃない」
「ククク。比喩だよ、イスラント。彼は僕らが未熟だと言いたいらしい」
「まあ、そんなところだ。そのドラゴン戦車は両陣営とも喉から欲しい兵器だ。だが、ちょっと想像してみなさい。いま、自分にとって最も欲しいものが見ず知らずの人間が持っていて、その人間が目立つところでそれを見せびらかしている。それを素直に商談に来たのかと思えるかね?」
「どうなんだ。クレオ?」
「まあ、そうだね。理屈は通っている。母さんのジャムを知らない他人が見せびらかしながら歩いても、僕にはケッタイに見えるだけさ」
「そういうことだ。きみたちはその兵器を手に入れる手段はもっているようだが、売る手法を身につけていない。兵器売買は余人が思う以上に人間を売るところがある。販売と信頼の実績がない人間では、そうそう立ち入られる世界ではない」
それをきいたイスラントが――彼はおそらく老人のいう余人に入るのだが、たずねた。
「だが、戦う両陣営を行き来して売るものがいるだろう。それについてはどうなのだ? 人間としての信頼性を損なっているではないか」
「その通り。だが、このことを忘れてはいけない。我々は商人なのだ。有利な条件を提示したほうに売るのは当たり前だ。そもそも、よほど実績と名声と信頼のある兵器商でなければ、両陣営を行き来するなどという器用なことはできない。両方に売るから栄えるのではない。栄えたから両方に売れるのだ。順序を間違ってはいけない。とりあえず、ここは目立つから、わたしの家に来なさい。その戦車を入れるぐらいの納屋はある」
――†――†――†――
老人の屋敷は市街地や商業街から外れた場所にあった。
戦争が始まってこの方、空き地は全て〈王立菜園〉にすべしという法律ができて、老人の屋敷のまわりはひん曲がった栄養不良のナスをつくる畑と化していたのだ。
老人の敷地には母屋や厩舎、いくつかの納屋と倉庫があったが、庭というべきものがなかった。
あるのは雑草が生え散らかった空き地である。
なぜか、この老人は庭を面倒見る、あるいはプロを雇って面倒を見させるのを嫌っていた。庭はあるがままの自然であるべきだと思っていたのだ。
王国の役人はその庭を〈王立菜園〉にしろとうるさかったが、それ以上、ゴタゴタ抜かすなら、ボストニアに引っ越すぞと脅せば、それで十分だった。
老人は兵器売買の第一線から退いていた。
だが、現在でもその復帰をにおわすと、ボストニアとセブニアの玉座に押しつけられたお尻が不安げにむずむずするのだ。
「兵器商の仕事に飽きていたというのもある。それに隠居暮らしがどんなものか興味もあった。なにせ、拳大の石を売りつけてから四十年、兵器商として世界じゅうを飛びまわったのだ。わたしにも気楽な老後を楽しむ権利がある。そう思っていたが、それは予想以上に退屈だ。しかも、母国で戦争が起き、素人どもの(これにはきみたちも含まれるからそのつもりで)稚拙な売買を見せられるのは地獄のかゆみだった。まったく、かゆいところに手が届かないむずむずを一日じゅう味わうのは地獄だよ、地獄。自伝を書いてみたらどうだと勧めてくれる友人もいたが、仕入れて売って儲けた、これ以上の出来事がわたしの人生には存在しない」
「なぜ、おれたちにかまう?」
「この類まれなる兵器売買の技と知識が誰にも継承されずに消えていくのはどうかと思ってね。世界を平和にする手っ取り早い方法は最強の兵器を全ての国が等しく持つことだ。戦争やれば世界が滅ぶというきわどい均衡でしか人間は恒久的平和を手に入れられない。そもそも、これ以外の方法で平和が手に入ると考えることはおこがましい。人間はそこまで頭がよくないし、我慢強くもない」
「じゃあ、おれたちに兵器売買を教えるのは平和のためだっていうのか?」
「まさか。ただの暇つぶしだ。とりあえず、その戦車から降りて、家に入ってくれたまえ」
老人はいろいろなことを教えると言ったが、兵器売買に関する様々な知識や経験より先に教えたのは、
「おかえりなさいませ、旦那さま」
「やあ、ミティエル。いま、帰った。こちらはお客だ。客室をふたつ用意しておいてくれ」
「かしこまりました、旦那さま」
と、言って静かに退出する美人のメイドを指して、
「わたしの愛人だ。手を出すなよ」
と、いう注意事項だった。
「貴殿は自分の名前よりも先にそういった私生活の予防事項を教えるのか?」
「わたしの名前はバジル・バジルだ」
「ん? 何と言った?」
「ファーストネームがバジルで、ラストネームもバジルだ。くそっ、だから教えたくなかったんだ。ついでに言うならミドルネームもバジルだ。だが、バジル・バジル・バジルと呼んだら、即追い出す。そうだな。わたしのことはバジル卿と呼んでくれ。少なくともこの国ではわたしは貴族だ。そういえば、名前をきいていなかった」
「イスラントだ」
「クレオ・クレドリスです。僕の父さんは僕の名前をクレドリス・クレドリスにしようとしたけど、母さんがやめさせて、いまの名前になりました」
「しっかりお母さん孝行したまえ」
「もちろんですよ。ククク」
おそろしく美形なメイドの淹れた紅茶をすすりながら、バジル卿はいくつかの基本事項を設定した。
「まず、死の商人という呼び名はやめてくれ。我々は兵器商だ。他人が死の商人と言っているものがいたら、訂正することだ。そして、我々が売るのは武器でなく兵器だ」
「武器と兵器に違いがあるのかな?」
「武器は個人武勇に依っている。きみらだって、その氷の剣やら肘に仕込んだ鉄砲やらを兵器とは言わないだろう? 武器だ」
「僕らはアサシンだから、正しくは暗器だけどね。クックック」
「暗器にしろ武器にしろ、個人を念頭にしている。だが、我々が売るのは部隊での運用が第一だ。兵隊が使う武器。そういう意味で兵器なのだ。次に教えておこう。死の商人と呼ばれたがる愚か者の兵器商たちがよく言うことだが、自分たちが兵器を売ることで戦況がガラッと変わるとか、あるいは自分たちが兵器を売ることで戦争が起きるという妄言がある。逆だ。兵器の一機能として戦争があるのではなく、戦争の一機能として兵器があるのだ。やる気があれば人間は棒と石だけで戦争を始める。我々が目指すべきなのは自分たちの売り物で戦況を作り出すことではなく、戦況を分析して機転を利かせた兵器を販売することだ。ついでに言うと、戦争が起こる原因は今も昔も外交特使に対する拭い難い無礼だよ」
「ふうん。面白いね。ククッ」
「だが、圧倒的な兵器を売れば、戦況は変わることもあるのではないのか?」
「そこで教えたいのが、将軍と軍師だ。こいつらは脳みそがダンゴムシ以下だ。我々がいかに高性能な兵器を売りつけても使い方を間違える。それでいて、負けたのは兵器に欠陥があったと馬鹿を抜かす。最初に大砲を買った将軍は、本当に弾が出るのかなと砲口を覗いて、頭を吹っ飛ばされた。でも、まあ、このくらいの馬鹿なら、まだいい。大砲という新兵器を買おうとするくらいの知能が残っている。最悪なのは新兵器というものを目の敵にする連中だ。精神的によろしくないのだそうだ、新兵器は。実際、とある国の元帥が本当にそう言ったのをきいたことがある」
「じゃあ、将軍はみんな役立たずって言いたいのかな?」
「左様」
「アレクサンドル・スヴァリスも?」
「あれは優秀過ぎて、勝つのに新兵器が必要ない」
「あ、そうなるんだ」
「きみたちがすべきなのは将軍の心をくすぐることだ。この兵器を使って敵を薙ぎ倒すのはセックスよりも楽しいと思わせる。それが成功への第一歩だ。兵器商というのはいかに外部条件に左右された商売であるのか分かるだろう? 一国を戦争に導くとか、戦況を変えるとか、とんでもない。我々はまず将軍の徽章をつけたバカどもを操縦しなければいけないのだ。そして、これが最も重要なことだが――兵器を売った代金はかなりの確率で踏み倒される」
「それは――」
「国王はまず税金を重くして百姓をしぼって代金を捻出する。次に宮廷費をささやかに削る。それでも戦争は終わらず、兵器が必要になると、次は勝ったら払うと言い出す。つまり、占領した敵の領土を絞るというのだ。これまで何度も大きな会戦があって、百姓はおろか都市住民までみんな逃げた土地からカネを絞るかなんて、どんな錬金術だろうと思うが、まあ、仕方がない。ちなみに現在は権利書で払ってもらっている」
「権利書?」
「この国の地中から掘り出される埋蔵金。その権利だ」
「……埋蔵金は埋まっているのか?」
「埋まっているわけがないだろう」
「うーん。どうして、あなたは兵器を売るんです?」
「わたしにもさっぱり分からない。ただ、こっちは国王をあるときはなだめ、あるときは脅し、あるときは泣き落としにかけないといけない。とにかく、何でもいいから、もらえるものをもらう。ちょっとツケがたまり過ぎて心配なら、カネを払うまで新しい兵器は売らない、ということができる。そうしたら、金貨で払ってもらったことが少なからずあった。カネはやはりあるところにはあるのだ。ただ、この手の脅しもやり過ぎると、勅令とか言って、兵器商の全財産と兵器を没収して、国外追放するという恩知らずの恥知らずの盗人猛々しい真似をするので要注意だ。そうやって破産した兵器商を七人知っている」
「そうか。ためになった。ところで、カンパニーについて、何か知らないか?」
「大口の兵器商だ。質は連中が言うほどよくない。ただ、国王の妾か何かと繋がっているのか、比較的現金で取引しているな。ただ、あれは素人だ」
「というと?」
「中途半端にツケを貯め、中途半端に現金をもらっていては結局どちらつかずで傷が広がるだけだ。きみらがドラゴン戦車やら他の兵器を売るときは、徹底的にツケを許してしまえ、ツケてツケてツケまくらせ、これ以上ないほどツケがたまったら――」
「――たまったら?」
「関税徴収権で払わせる。これをやると、一国の関税収入がこれほどまでとは、と震えがくるはずだ。試してみるといい。とはいえ、これも切り出すタイミングが難しいが、それも含めて教えるのだ。そのころにはきみたち原石はふたつとない素晴らしい宝石になっているはずだ」




