第三話 ラケッティア、最初は小さく。
ボストニア王国の首都はボストン。
ボストン?
パトリアルカ・ファミリーやウィンターヒル・ギャングが縄張りを持っていたあのボストン?
ジョーとパッツィのロンバルディ兄弟がガスティン・ギャングのフランク・ウォレスを騙し討ちにしたあのボストン?
ホワイティ・バルジャー、スティーヴン・フレミ、フランク・サレミのボス三連続、証人保護プログラム入りという不滅のタレコミ記録を打ち立てた、あのボストン?
この法則で行くと、セブニアの首都はセブンなのかな? コンビニか?
ボストンの目抜き通りは一番大きな城門から宮殿の入り口までつながっていて、ハングド・マン通りと呼ばれている。
名前の由来は分からないが、普通、一国の目抜きには英雄とか初代王さまの名前とか使うもんだろ。
ところで、マリスはそこで売られている包丁の質と値段でコミュニティの満足度を把握することができるという独自の社会学的分析手法を開発したのだが、そんなドクター・マリス曰く、ボストンは及第点に僅差で及ばず。
「質はいいけど、高すぎる。武器売るよりも包丁売ったほうが儲かるんじゃない?」
「でも、もう作っちゃったし」
ささやかなTポイントでつくったロングソードが五本。
飛び切り切れ味がいいとか、羽毛みたいに軽いとかはない。
普通の鋼の剣だ。
それを途中の農家で売ってもらった手押し車にのせて、ハングド・マン通りをのろのろと歩いている。
どこでどんなやつが武器の買い取りをしているのか分からないので、目立った通りを売り物を見せながら歩いている。
ハングド・マン通りをざっと見ていると、民の暮らしは普通に成り立っているように思えるが、二十代の若者をほとんど見かけないし、屋台で売っている食べ物がべらぼうに高い。
それにスローガンもある。
義務を果たせとか、敵のスパイを密告しろとか、粗食に耐えろとか、生活水準を下げて浮いたカネを国に寄付しろとか、戦争している国がよく使う身勝手で貧乏で乱暴で図々しい言葉たちが張り紙や横断幕の形で街のあちこちに垂れ下がっている。
戦争やってるとみんな等しく貧乏だ頑張れなことを言うけど、そんなことはない。
贅沢してるやつは贅沢してる。
おれのひいばあちゃんは太平洋戦争中、何かの縁で海軍中佐の家に行き、そこでウイスキーボンボンを食べた。それが信じられない贅沢だったと。
確かにウイスキーボンボン。贅沢だ。手に入らない。
だけど、いくら戦前の日本でもウイスキーボンボンくらい、無理すれば買える。
それが戦時中だと、よほどの強力なコネがないと買えないくらいの贅沢になる。
要するに贅沢の概念が相対的に下がっているのだ。
幸せ感じるレベルが低くなっているのは人間が幸福を得る近道だけど、残念ながら戦争中だ。
二十代三十代の若者はみんな軍隊に取られ、四十代の男だって、いつ兵隊にとられるか分からない。
そのうち、国王が女はみんな女騎士だ!とか錯乱すれば、二十代三十代の女性が徴兵され、次は子ども、ジジババは最後だ。
そこまでやると、国に人間は残らなくなる。
そうなる前に売れるだけ武器を売らないといけないのだが、いきなり大きな取引をして目立つのはあまりよくない。今回はカンパニー潰しも考えないといけないので、じわじわ取引を大きくして、相手の足元をちょこちょこ崩していく。
いまのところ、おれたちはIQダンゴムシのチンピラ武器商人だ。
だが、そのうち、カンパニーがおれたちの動きを問題視して本腰を入れたら、そのときは喜んで軍縮くそくらえの建艦競争に持ち込む。
だが、こちらはTポイントがある限り、戦車も空飛ぶ軍艦も作りたい放題。
勝敗は既についている。
一撃で片づけるよりも、勝てるかも勝てるかもと思わせて、そのたびにつぶすセールスを展開させれば、食らう絶望はトータルでより大きなものになる。
「ねえ、マスター」
ツィーヌがおれの上着のすそをつかんで止めた。
「なんですか、もー」
「あれ、なんだろう?」
見れば、通りに口を開けたカウンターがあって、そこで老人が白い奇妙な飲み物を売っていた。
それは泡立てたヨーグルトのようだった。
五人分頼んで飲んでみる。
おれはガールたちに一、二の、三で飲もうと言った。
未知の飲み物を前に等しくリスクを負うのだ。
「一、二の、三」
三、でおれは泡立てヨーグルトを飲んだ。
ガールズたちは当然、おれがヨーグルトを飲み干すまで口をつけなかった。
そんな些末な裏切りにぎゃあぎゃあ言うほど、おれもガキじゃありませんよ。
男の値打ちは女に裏切られた数で決まるんですよ。
「で、おいしい?」
「うん。不思議な味。ちょっと今までない。これ、原料は何?」
「塩とヨーグルトだよ」
「それだけ?」
「それだけ」
おかわりをもらうと、銀貨一枚でブラックペッパーをかけると言ったので、そうしてもらった。
ガールズたちもおれの健気な毒見に安心して飲んだが、アレンカは甘いヨーグルトのほうがいいと言った。
そんなこと言えば、マリスとツィーヌにガキ扱いされるのに。
「しかし――」
この泡立てヨーグルト、一杯銀貨一枚。五百円である。
「戦争の前は一杯銅貨五枚で売ってたんだ」
つまり、五十円である。
黒コショウをふった泡立てヨーグルトの値段は現在千円であり、戦前の二十倍。
だが、なんだかんだでこの飲み物を買いに来る人間は多い。
「そりゃあ、そうだ。これを主食にしてるやつが大勢いる」
ボストンの食糧事情は見た目ほど明るくない。
一般的な労働者の家庭は一週間のうち四日間を泡立てヨーグルトで暮らす。
パンは少しずつ食べ、ベーコンは運が良ければ日曜日にありつける。
さっきも言った通り、贅沢のレベルが全体的に下がっている。
こんな状態でどうやって兵器を買うカネを捻出するのか非常に興味がある。
「それは売り物かい?」
店主が手押し車の荷物に指を差した。
「そうなんだ。おれたち、いっぱしの死の商人になりにきた」
「そういうやつはたくさんいるけど、ヨーグルトの泡よりもはやく消えていく」
「戦争やってるんだから、武器は喉から手が出るほど欲しいはずだ」
「だが、兵器売買は一部の大物が牛耳っている。五人か六人のな。あとは小物が何百人」
「そりゃ下積みは覚悟の上だよ」
「本気で成功したいなら、その刃物を売った後にお前さんたちが行くべきはセブニアさ」
「え? どういうことですかー?」
「そのまんまの意味だ。大物の兵器商人たちはボストニアとセブニアのどちらにも武器を売っている」
「えーっ、そ、そんなことがー?」
「ボストニアに剣を売ったら、次の日にはその剣をはじくための盾をセブニアに売る。次の日にはボストニアに盾を貫通する弓矢を売り、さらに次の日は弓矢より射程がある火縄銃を売る。これ以外、儲ける方法はない」
「そんなえげつないことが許されるなんてヒドーイ」
「だが、どちらの国王もそれを黙認してる。変に口出して、相手にだけ武器を売るようになっては困るからな」
だってさ。
楽しませてくれるじゃあないか。




