第十九話 ラケッティア、借り返せよコノヤロー。
部屋には〈 青手帳 〉のアルストレムがいた。
相変わらず、歳よりも二十老けて見える。
「怒らないのか?」
「何か怒るようなことしたという自覚が?」
「いや、ロジスラスとふたりきりだと思っていたんだろ?」
「ロジスラスと初めて会ったときも、あんたが仕組んだことを思い出した。あのときはペレスヴェトって名前でイリーナは人間やめてた」
「まあ、古い話だ」
がらんとした部屋に三つのランタンと三つの椅子。
「で、諜報組織の精鋭ふたりが民間市井のならずものにどんな用があるのかな」
ロジスラスが先に口火を切った。
「ボストニアとセブニアの戦争はきいたことがあるな?」
なんたるタイミング。
「知ってるよ。カネもないのに武器買いまくって、国境全部を地獄に変えてるお馬鹿さんでしょ」
「最前線は世界の最新兵器の展覧会だ」
「だから?」
「あんたが武器販売の仲介業に興味がないか、きいてみたくてな」
「おれに死の商人になれって? なまくら刀と弦のたるんだ弓と浮かべたら沈む軍艦と呪文を忘れた魔法使いを両陣営に売って、好きなだけ利ザヤを稼ぎたくないかって? こたえはノーだ。この世界に必要なのは愛と平和だ。おれは平和主義者なんだ。アルストレム。あんた、疲れてるんだよ。いまから〈ハンギング・ガーデン〉に行って、もふもふを思う存分触ったほうがいい」
「それができれば苦労はしないさ。カンパニーの勢力がちょっと伸びすぎてる」
そうら、来た。餌を投げてきた。
「それならラッキーじゃんか。カンパニーはボストニアとセブニアの両方に武器を売ってる。ツケでな。そして、戦争は必ずどちらかが勝ち、どちらかが負ける。勝ったほうは武器の代金を払い、負けたほうは踏み倒される。やつらは確実に損をする。売掛金の半分は損金勘定になることが確定してる。ほっとけ、ほっとけ」
そんなに簡単に食いついたりしませんよ。ええ、そうですとも。
「そういやさ、アルストレム。〈王子〉は元気?」
「どの王子だ?」
「カンパニーの最高幹部やってる王子」
噂できいただけだけど、太っちょの、ええ格好しいの、日和見主義の極道王子。
ロンドネ国王の三親等以内だからって容赦しないよ。
アルストレムは困った顔をし始めた。
宮仕えのつらいところだ。
〈 青手帳 〉は国王直属の諜報機関だが、そういう国王への近さから宮廷政治に巻き込まれることが避けられない。
「殿下のサロンが軍備増強派の総本山になっている。やつらの言う通りに軍備に走ったら、王国は破産だ」
「国王のポケットマネーを半分に削ってやればいい」
「王国の歳費のうち、宮廷費は全体の六パーセントに過ぎん。これは王族全員の宮廷費だ。現在の王国歳費で一番カネを食っているのは過去百年の戦争や要塞建築のために刷られた国債に対する払い戻しで、これが三分の一、そして、〈王子〉たち軍国派は残りの三分の二全てを軍備増強に使えと言っている」
「こんなこと言ったら、不敬罪に問われるかもしれないけど、あえて言うね。そいつら計算はできるの?」
「できない」
「〈 青手帳 〉って給料ちゃんともらえてるの?」
「まあ、いまのところは」
「公民のお勉強になった。おれたち納税者は知らず知らずのうちに財政破綻の活火山の上でフラダンスを踊ってたわけだ」
「フラダンス? なんだ、それは?」
「こういう踊り」
おれは実際にやって見せた。そのうち、ノってきて、ふぁああああ!と叫びながら、ハワイアン・バーのオネーチャンみたいに踊り狂っているところで、ロジスラスがもういいと止めた。
「あんたもイリーナと一緒に踊ってみたら? いい運動になるよ」
「結構だ」
「ほい。で、アルストレム。まさか、あんた、カンパニーの武器売買が失敗に終わって、〈王子〉を筆頭とする宮廷内軍国派閥が失墜して、ロンドネ王国の財政をほんのちょびっと延命する手伝いをしろって言ってるの?」
「まあ、そういうことになる」
「うわあ。思い知らせてえ。あんたら、借りがあるんだぞって思い知らせてえ」
「カンパニーを叩くということではおれたちは共通の利益を追えるだろ?」
ロジスラスはガエタノ・ケレルマンがディ・シラクーザと一日だけ同じ牢屋に入れるように便宜を図った。それだけでなく、山刀ももたせた。
だから、この質問は出しても、まあ、問題ない。
「カンパニーを叩くっていうけど、具体的にどうなるか分かってるよね? 〈王子〉殺されましたって手帳に書いて、王さまに見せるハメになるよ? かなりの高確率で」
「まずったときはおれがひとり打ち首になるさ」
借りを返してもらう目途が立たないのはムカつくが、どのみち、こっちは最初からやる気だ。
せいぜい嫌なふりをさせてもらおう。
「まあ、考えてみましょ。このまま、ジャンプさせられて、小銭洗いざらいまき上げられても面白くない。ただ、どっちも手伝いくらいはしてくれよな」




