第十七話 ラケッティア、死の商人志願。
トランク。帳簿係。サッカー。
やることが多すぎて国外逃亡したくなるよ、ママン。
「ママンじゃなくて、ジルヴァ」
「はい」
ジルヴァと一緒にエビ漁師のたまり場から川沿いの道を遡りサンタ・カタリナ大通りに戻ってきたが、ロデリク・デ・レオン街のほうは完璧な暴動状態。
どさくさ紛れのかっぱらいも横行していて、チンピラたちのボーナスステージと化していた。
こういう状態だから深夜にも関わらず、死の商人たちが出張ってきてる。
「そこの兄ちゃん」
「ジルヴァはどっからどう見ても美少女だろ! 謝れ!」
「……謝って」
「違う違う、そちらの美人じゃないよ」
「……許す」
「許すってさ」
「おれが用があるのはあんたさ」
「おれ?」
「連射クロスボウ。買わないか? これから何かと物騒だろ?」
「いくら?」
「金貨十枚」
「足元見るねえ」
「サッカー選手たちにとって、美人をお連れの伊達男はボールの次に蹴っ飛ばしたいものなんだぜ」
「ちょっと見せてくれ」
手に取って、グリップの握りやすさ、バランス、それに照準を見て、そばの家の窓を狙ってみる。
「これ、照準が左に曲がってる」
「金貨八枚でいいや」
「それとこの弾倉、接続部分に錆が浮いてて、歪んでる」
「わかった。金貨四枚」
「そもそも弦がたるんでる」
「じゃあ、もう金貨一枚でいいよ」
「こんなの、カネもらっても使いたくない」
「じゃあ、もう現金はあきらめるから、そっちの美人と手を握らせてくれよ。三分でいいから」
「そんな値千金の条件は飲めないな」
ジルヴァがこくこくとうなずく。かーわぁいいー。
「このゴミ、どこで仕入れた?」
「カンパニーの武器商人だよ。間違いないって言うから」
「あんた、前職はなんだ?」
「役所の書記。憧れだったんだ。死の商人。そのために女房と子どもも捨てたんだ」
「今から家に戻って、奥さんと子どもに土下座するのをオススメするよ。ほら、これだけあれば、とりあえず家に入れてくれるよ」
金貨十枚を渡して、ダメダメな連射式クロスボウを受け取った。
最初で最後の成功に勘違いしたりせず、ちゃんと家に帰るよう念押しして、バイバイした。
「しかし、これはまたひどい。振るとなかからカラカラ音がする。……なんか言いたそうな顔だね、ジルヴァ」
「どうして、買ったの?」
「別に。気まぐれな善行かもしれない。ただ、これを見て、思うところがある」
「カンパニー?」
「いつも黙っている美少女が実は人の機微によく気づく属性、たまらんちです」
「たまらんち」
人間の金玉をサッカーボールと見なすアンチ・スポーツマンシップの塊どもが跋扈する夜をすっとぼけたクロスボウのみで武装して歩くのは決して無謀ではない。彼の隣に美少女アサシンがいる限り。
以前、ピストル相場が上がったときに死の商人の真似事をしたことがあったが、こんな不良品を売ってるお馬鹿さんの市場を分捕ったらなかなか面白そうだ。
いや、最近、耳にしたんだけどね。
セヴェリノからさらに西に行き、北に行ったところにボストニア王国とセブニア王国というふたつの国がある。
あまり大きな国ではない。ふたつ合わせて、なんとかロンドネをちょっと超えるくらいの国力だ。
こいつらは仲が悪くて、しょっちゅう戦争してるんだけど、最近、その戦争が物凄くなっているらしい。
原因はカンパニー。
カンパニーが小遣い稼ぎに両国に二股かけて、武器を売ってる。
まさに典型的な死の商人をやっているわけなのだが、ここにひとりのラケッティアが武器を、質は二倍、おもしろさ四倍、お値段二分の一でセールスかけたら、どうなるかな?
あいつら、メチャメチャ怒るだろうな。
そりゃ、おれのことぶっ殺そうとするだろうな。
やつらの最高幹部〈判事〉がセヴェリノでぶっ殺されて以来、そこまで大きなぶつかり合いはなかったが、そろそろ本気でかかってもいいかもしれない。
正直、カラヴァルヴァにちょっかいかけられて、それでいちいちお返しをしていてはきりがない。
そもそもやつらには手下の命を大切にするというプリティな考え方がないから、自分が殺されないとやべーことに手を出していることが分からない。
クルス・ファミリーに手を出すことはやべーことなんだってことをそろそろ分からせる必要がある。
〈将軍〉〈提督〉〈頭取〉〈王子〉。そして、エインズワース卿。
誰かひとり、できたらふたり、お盆にしか帰れない体にしてやる。
「……むー」
「え? ジルヴァ、いま、むー、って言った」
こくり。
「マスター。いま、暗殺のこと考えてる」
「よく分かったね」
「このあいだは男だけ」
「え? メスカーロのこと? だって、行くかってきいたら、みんな耳塞いであーあーきこえなーいって。あ! きこえるくらい大声で言えってマリスに言われてた! 忘れてたでげす」
「……今度はわたしたちだけで行くでげす」
「はいでげす。え、いま、ジルヴァ、語尾が変わってなかった?」
「変わってない」
「ホント?」
「ほんと」
「じゃあ、こうしよう。次回はファミリーの面々をいくつかに分ける。本隊をおれとみんなでイチャイチャハーレム。別動隊を野郎ばっかし。それに戦場の無人地帯に誰かついてないやつら」
「……それ、儲かる?」
「とんとん。や、赤字だな。ただ、ひとりじゃ死なない。カンパニーを道連れだ。やつらはいかに国際犯罪シンジケートを気取ってても、所詮は株式会社だ。デカい損を出したら出資者に説明しないといけない。こっちは赤字を食らったら、しばらく大人しくして、開発済みラケッティアリングが落とすカネで養生すればいい。誰かにどうして損をしたか、損を取り戻すためにどんなことをするかチマチマシコシコ説明する必要もない。なんか問題ある?」
「暗殺はできる? マスターのために――」
「できる、できる。ちょっかい出してくるやつ、指差して、ヤッチマエ!って言うからこうご期待」
ジルヴァは、こくり、とうなずいた。かーわぁいいー!




