第十二話 ラケッティア、日暮れてアホ盛る。
日が落ちていき、通り魔遭遇の確率が飛躍的に伸びる時間。
だが、今日は通り魔も震えて、家に籠っている。
なにせ、あしたはサッカー大会。
〈オッチデンターレ〉と〈オリエンターレ〉両チームが殺気立って道をうろついている。
もし敵チームのスパイと疑われたら最後、軍法会議をすっ飛ばして、叩き殺される。
既にシデーリャス通りで地雷を仕掛けようとした〈オッチデンターレ〉の選手がふたり、ヘマをして吹っ飛んでいるし、酒場が二軒、乱闘で潰されている。
選手たちは半分が犯罪者で半分がカタギ。
信じられないがカタギなのだ。
そして、より苛烈なのはカタギ。
道に地雷を仕掛けることを考えたのはカタギだし、ブーツのつま先に三角形の鋼鉄をつけることを考えたのもカタギだし、棍棒の重さを三キロまでとしていたルールを撤廃したのもカタギだ。
カラヴァルヴァはもとからカタギと犯罪者と政治家の区別があいまいな街だが、サッカー大会のカタギは間違いなく地獄のテロリストだ。
ゼメラヒルダが見つかると叩き殺されるかもしれないと言ったが、ゴブリン銀行禁呪支店の口利きの礼として帳簿係探しを手伝うと言ってくれた。
おれとゼメラヒルダはそれぞれ護衛をひとりつけているのだが、こっちはジルヴァ、あっちはゴブリンの老剣士でどちらもひどく無口だ。
おれとゼメラヒルダだけでは情報収集はできても、血に飢えたサッカー選手に遭遇したら、サッカーやろうぜ! ボールはお前!になってしまう。
ジルヴァとゴブリン版塚原卜伝ではサッカー選手は倒せても、口をきかないから情報が集まらない。
じゃあ、まぜちゃえ。
人間とゴブリンがそれぞれの短所を補って、ひとつの目標に邁進するのは種の融和を感じさせるが、短所の存在は種ではなく性格の問題なのが、ちょっとがっかり。
アホンダラどもがリンチも辞さない様子でわらわらと蠢いている。
そんななか、デ・ラ・フエンサ通りの北端あたりでレリャ=レイエス商会が誇るボクっ子最終兵器もどき、ロベルティナ・ペトリスとバッタリ出くわした。
「やあ、その後、ヨシュアたちとはどうだい?」
「ケツの処女、守り続けてるよ。そう簡単にやられてたまるか」
「キミたちに関する短編を書いたんだ」
「誰かに見せたか?」
「誰にも見せてない」
「本当は?」
「リサークに見せた」
「げろげろ」
「話の筋はよくキミと彼との絡みのシーンではお褒めの言葉をいただいた。ただ、ヨシュアと3Pはあり得ないって」
「げろげーろ」
「ところで、〈ちびのニコラス〉にバーテンダーがまたひとり増えたね」
「アスバーリのことか? あれはやめとけ。純粋過ぎるから」
「何か辛い過去がありそうだ。そうだ、ボクがあの三人にまつわる長編小説を書いてあげよう。今日ももカウンターにいるのかい?」
「いない。三人とも今夜は仕入れだ」
「サッカーの前日に?」
「相手の密輸屋が到着するのが遅かった」
「ところで、ミツルくん、あの噂はきいているかな。誰かが悪党を殺してまわっている、あの噂」
「噂、なんて言葉で表されるほどの時間は経過していないが、まあ、知っているよ。デル・ロゴスの身内がその女ごと殺されたって。しかも、女のほうは靴下を喉の奥まで突っ込まれてたって」
「そいつの仕業か知らないけど、うちにも襲撃があった。〈棘魚亭〉の裏手の賭場が襲われた。前日の稼ぎを数えていたら、火のついた火炎瓶が慌てて手を振るディーラーたちの上を飛んでいって、全焼したんだ。四人も死んだ」
「サッカー選手が火をつけたんじゃないの?」
「始めは父さんもボクもそれを疑ったけど、でも、〈棘魚亭〉はサッカー選手にビールを格安で出す店だ。そんな店に延焼してしまう危険を冒して、賭場を襲うか考えた。それはあり得ない。ついでにその放火魔はカネを取っていかなかった。つまり、押収ではないから〈聖アンジュリンの子ら〉でもない。と、なると、これは最近デビューしたラケッティア・キラーの仕業じゃないかと思ったわけ」
「まったく。帳簿係で厄ダネお腹いっぱいなのに」
「帳簿?」
「コルデリノ商会の帳簿係がファミリーの帳簿を盗んでトンズラした。ここにいるらしいんだけど、そいつは鞄を取り違えていった。帳簿はこちら側にあるが、読み方が分からない。それを二十四時間以内に調べて報告しないと、おれたちみんな作物にされる。それなのに正義のアホンダラがおれたちみたいのを殺してまわってる」
「父さんもデル・ロゴスも怒って、そいつを探してる」
「じゃあ、そいつの寿命はあと二十四時間ってとこか。でも、そいつの清らかな血潮が歩道の石に染み込むころにはおれたち全員、ダミアン・ローデヴェイクによって作物にされてる。吊るすかわりに下にめり込ませるというのは、なーんて独創的な刑罰なんでしょ」
「手伝いたいのはやまやまだけど、こっちは放火魔を探さないといけなくて――ッ!」
どこかで窓ガラスが割れる音がして、そこいらじゅうにサッカー選手が湧きだした。
なにかの儀式か薬物かチームへの忠誠かでラリっている彼らは手にした棍棒や鉛管で割れるもの裂けるもの全てを破壊せんとする破壊神になっている。
ひとりがゼメラヒルダに突進するが、次の瞬間には選手が倒れて、鼻血が止まらない顔を押さえてのたうち回っていた。見れば、ゼメラヒルダは砂鉄をたっぷり入れた革袋を巧みに操り、肘や脛、そして顔面に陥没するくらいの一撃を見舞っていた。
ここに来て、来栖ミツル・ゼメラヒルダ・チームはサッカー選手を倒せないという前提が崩れた。
倒せないのは来栖ミツルだけである。
……別に。いいっすよ。おれ、守られて伸びるタイプなんで。
何が伸びるって? 羞恥心だよ。
とりあえず樽のなかに隠れる。
ボコッ! ドカッ!
誰かが誰かを武器で殴る痛快な音がきこえてくる。
この樽、酢でも入っていたのだろうか、ひどく鼻につんとくる。
それでも死のサッカー大会前哨戦のなかに躍り込むよりはマシだと自分に言い聞かせた。
だから誰かが「これで薙ぎ倒してやる!」と樽を持ち上げたときには自分の隠れ家設定を誤ったことを認めないわけにはいけない。過ちは過ちときちんと認めることでしか、人間は前進できない。さあ、すすめ、来栖ミツル!
で、進みました。猛スピードで。
デ・ラ・フエンサ通りから追剥横町へ転がり、馬車か何かにぶつかって方向が変わって、リーロ通りを秒で三回の高速回転、そして、高々と跳ねた樽はそのままエスプレ川に落ちた。
一寸法師みたいに不安定な船から顔を出すと、グラマンザ橋のアズマ街の行灯の列が見えた。南岸には明かりが落ちたグラン・バザールが見えて、その屋根を逃げる怪盗クリスの姿が。
そういえば、今日はあいつひと仕事するって言ってたな。
そんなことを考えていると、カリカリと何かを引っ掻く音がした。
見ると、ゼメラヒルダが半分水に浸かって、樽をつかもうとしていた。
慌てて、その細い手首をつかむと、体育2なりのシャカリキで何とかゼメラヒルダを樽のなかに引き込んだ。
「すいません。樽を止めようとしたのですが、わたしも一緒に転がってしまいました」
「いや、こっちこそすまなかったね。くだらんことに巻き込んで」
おれとゼメラヒルダは樽が転覆しないようおっかなびっくりしながら、樽の縁に手を置き、混沌の渦に叩き込まれたカラヴァルヴァを眺めながら、エスプレ川を下った。




