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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ カルチョ・カラヴァルヴァ編
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第十一話 テキヤ、悪魔の顔見知り。

 戦場メシ屋のゼルグレがブラッドソーセージと豆の煮込みをひとつの大鍋でゆでていると、ミカエル・マルムハーシュが少女をひとり連れてやってきた。


「隠し子か? それとも犯罪か?」


「?」


「なんでおれのところに連れてきた?」


「この子の歌が本当に感動的なものかどうか、きみの意見を知りたいんだよ」


「あんた、感動したんだろ?」


「わたしは何でも感動するタチだから、あてにならない。いつもハリネズミみたいにしているきみが感動すれば本物だ」


「あんた、おれのことハリネズミだと思ってたのか」


「まあ、きいてみてほしい」


     ――†――†――†――


「おいどうなってるんだよ、涙が止まらねえぞ」


「わたしも止まらないよ。でも、これでこの子には万人に涙させる歌声の持ち主だと分かった。それじゃ」


 アンコールを要請したいが、自分のキャラではなく、その葛藤に悩んでいるあいだにミカエル・マルムハーシュは少女を連れて、どこかに行ってしまった。


 こうして日常が戻り、煮込み料理の面倒を見ていると、左腕がうずき始めた。


 ひとり、事務所の勤め人みたいな男がいまは席について、煮込みをもそもそ食べていたのだが、突然、その男の影からぐらりゆらりとやんちゃそうな金髪の若者があらわれ、勤め人はその少女を〈いと高き万物の創造者〉と呼んだ。


 すると、熱のない紫の炎がゼルグレの左腕を覆い始めて、公証人事務所の万年書記みたいな冴えない中年ふうの悪魔バフォメットがあらわれた。


「なんだ、バー公か」


 勤め人の悪魔が、ゼルグレのバフォメットのことをそう呼んだ。


「いま、そいつに憑りついてんの?」


「そうなのでして。アドラメレクさん」


「心臓、食わないの?」


「はい。そうでして」


「食わないなら、おれにくれよ。ちょうど小腹が空いてて」


「それがダメなので」


「保存食?」


「そうではないのでして。この方の心臓は食べないと約束したのでして」


「契約書交わしたとか。誘惑サキュバスの二十四時間無料法律相談所に相談して契約の穴を見つければいい」


「いえ、契約書はないのでして。口頭での約束なのでして」


「なら、そんなの馬鹿正直に、いや、あんたが悪魔の世界でも類に見る馬鹿正直なのは知ってるけど、心臓をあきらめるのはもったいないだろ。やぶっちまえよ」


「それが契約した相手は若でして」


「え?」


 アドラメレクは数秒あっけにとられ、


「ベルゼブブの兄貴、いま、こっちに来てるの??」


「はい。よき憑りつき相手を見つけているのでして」


「あちゃー、兄貴、ここにいるのかぁ」


「そういうわけでして」


「兄貴がいるのかぁ。帰りてえけど、挨拶しないて帰ったら、シバかれるよな」


 あ、あの、と帳簿係が手をおずおずと挙げる。


「わたしの帳簿はどうなるのでしょう?」


「ちっ、約束した以上は見つける手伝いはしてやるけど、ベルゼブブの兄貴がいるんじゃなあ。やっぱ挨拶しねえとな。シバかれるのやだし。まず、菓子折りを持っていかねえと」


 そう言って、ポケットの小銭を数えるように魂を数え始めた。

 馬車を襲った盗賊どもから靴下を喉に突っ込まれて死んだ女。


「足りねえ。圧倒的に足りねえ」


「あ、あの、わたしの帳簿探しはどうなるのでしょう?」


「だから探してやるっつてんだろ。約束しちまった以上は仕方がない。でも、魂を集めないとボンボンを主力とした菓子折りが作れない。ベルゼブブの兄貴にシバかれたら、おれもお前もバラバラになって消滅だぞ。とにかく悪党の魂を集める」


「善人の魂じゃダメなんですか?」


 帳簿係はちらりとゼルグレを見たが、ゼルグレは自分の後ろに誰かいるのかと思って、振り向いた。彼は自分を善人にカウントしていない。


「口当たりまろやかなボンボンは悪党の魂じゃないといけない。どうせヤバい帳簿だろ? ヤバいやつを当たって、お前が殺して、魂と情報をいただく。これが黄金律だ」


「どうして自分で殺さねえんだ?」


 ゼルグレがたずねると、バフォメットが、


「それがやはりそこは悪魔の性で人間をそそのかして殺させたほうがボンボンの味はぐんと上がるのでして」


「悪魔の世界もいろいろあるんだな。ギルドもあるのか?」


「いえ、上位下達の縦社会なのでして。若は二番目に偉い悪魔なのでして」


「まるで軍隊じゃねえか」


「はい。左様で。軍隊なので」


 帳簿係がいなくなると、バフォメットも左腕に戻った。


 すると、ミカエル・マルムハーシュが少女を連れて戻ってきて、


「忘れ物があった」


「もう一生分の涙を流したよ」


「いやいや、これだよ」


 ゴトン。それは少々使い込まれた真鍮製のメリケンサックだった。


「サッカー大会での自衛兵器はこれに決まったんだ」


「なんか、こう、きれいな歌声に涙してから三十分以内に見るメリケンサックほど、人間をがっくりさせるものはねえよな」


 はい、左様なのでして、と頭のなかで声。


「その子、どうすんだよ?」


「それが悩ましいんだ。これほどの歌声の持ち主なら悪い大人がこの子をお金儲けのために悪用しかねない。でも、わたしには興行は分からない。わたしが預かってもいいけど、輪投げ屋ではこの子の歌を活かす機会がない。それはもったいない。どうにかうまくおさめる方法があればいいんだけど」


 そのうまく収めるまともな興行主はいま、ホライズン・ブルー・パンケーキをつくるべく、そして、ラコリペルタスはきっとこの街にあると清らかに信じつつ、街を走りまわっていた。

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