第六話 パンケーキ探究者/レウス商会、メモメモなんよ。
禁呪市場にラコリペルタスがない。
店の人間からもここ五年入荷していないと言われた。
ひょっとすると失われてしまっているかもしれないから、ターコイズ・ブルー・パンケーキを一億枚つくって、一億分の一の確率を狙ったほうがはやいとにべもなく、言われた。
しかし、ひとつくらいはあってもいいではないか。
こんなに禁呪があるのだから。
「でも、お客さん。ないものはないんですよ。じゃあ、これなんかどうです? ショッキング・ピンク・プリン。十億分の一の確率」
「わたしがプリンの信者に見えますか?」
「えーと」
「その手にしているのはバイオレンス・パープル・オムレツをつくる禁呪ですか?」
「百億分の一だけど」
「稀少性ではなく、ホライズン・ブルー・パンケーキが欲しいんです」
「そんなもの人生の何に役に立つんだよ」
「雅です。生命の躍動に溢れています。世界じゅうの争いごとを解決する力があるんです。ホライズン・ブルー・パンケーキには」
「じゃあ、ホライズン・ブルー・パンケーキが生まれた瞬間、世界じゅうの武器がいっせいに投げ捨てられて、お互いを許し合ってハグするっての? 人間ってそんなに馬鹿だっけ?」
「人間は高潔で知能に優れた存在ですよ。パンケーキを敬う限り」
「とりあえず、ここにないと来れば、あと考えられるのは――」
――†――†――†――
「パンケーキのブラッダ。ハローハローだや」
カルリエドは〈大当たり亭〉の二階にあるテラス席にいた。
その日のブランチはターコイズ・ブルー・パンケーキの青を引き出すのに使われるワイバーンの尻尾肉のカルパッチョである。
「パンケーキに平和を」
「パンケーキにピースだや」
ちなみにターコイズ・ブルー・パンケーキはしれっと〈大当たり亭〉のメニューになっている。
「あっちの庭の席で倒れているのはクレオくんですか?」
「レッドヘア―のブラッダ、魚竜大好きだや。死ぬほどグッドテイスト言って、ホントに死ぬだや」
「望みのものを食べることができることはこの上ない幸福ですよ」
「カルリエドもそう思うんよ。ブルーブルーのブラッダも魚竜食べるだや? カルリエド、切って持ってくるんよ」
「せっかくのお誘いですが、現在、わたしの食の貞節はホライズン・ブルー・パンケーキに捧げられています」
「貞節って、なんかエッチだや。カルリエド穢れてるかもしれないんよ。でも、ブラッダはホライズン・ブルー・パンケーキ、ウォンテッドなんはカルリエドも分かるんよ。ホライズン・ブルー・パンケーキはおいしいんよ」
「食べたことがあるんですか!?」
「七百年前に食べたことがあるんよ。ターコイズ・ブルー・パンケーキよりも、こんなに、こーんなにおいしいんよ」
そう言って腕を目いっぱい広げたカルリエドを羨望と尊敬の眼差しで見守る。
カルリエドの伸ばされた長い腕のなかには全宇宙の最高原理がたとえられているのだ。
「どうやってホライズン・ブルー・パンケーキを手に入れたのですか?」
「パンケーキ一億枚作っただや。正確には9999万5663枚作って、9999万5664枚目がホライズン・ブルー・パンケーキだっただや」
「やはりそれしかないのか。カルリエドさん。ラコリペルタスについて何か知りませんか?」
「海のブラッダがつくった魔法のメモメモだや」
「海の戦王ラコリペと知り合いだったんですか?」
「いっつもカルリエドん後ろ、ちょこちょこついてきたんよ。ストロンギーなブラッダになりたい、ソードでナンバーワンになりたい。そのためにソウルをカルリエドにくれるって言うんよ。でも、カルリエド、ソウルもらうんノット・ウォンテッドだや。それよりマグロ食べたかったから、マグロ・ウォンテッド言ったんよ。そしたら、くれただや。あんなデリシャスんマグロ、食べたことなかったんよ。まじサタンだったんよ。だから、カルリエド、約束通り強くなる方法教えたんだや。それでラコリペ、メモを取っただや。それがラコリペルタスって言われてるんよ。これ、まじサタン」
「禁呪屋は分厚い魔法書みたいに言っていましたが?」
「そうじゃないんよ。あれはメモなんよ。一日三十回素振りする、って書いてあるだけのメモなんよ。サタンもご存知なんよ」
――†――†――†――
「なあ、テオフィロ。このメモ、なんて書いてあるんだ?」
他人のトランクにパンツを詰め込むとき、帳簿から紙が一枚見つかった。
小さな汚いメモ用紙で何かの動物の皮を使ったようだが、何の動物かは分からなかった。
羊の皮にしては弱すぎるが、ネズミの皮にしては品がある。
なにかの魔物の皮かもしれないが、海の生き物の皮かもしれない。
「僕にも分からない。古代文字か何かのようだ」
いま、アルファロたちが探しているのはトランクだった。
縁に金属が打っていない安物のトランクだが、どうもトランクに未練があるらしい。
コーデリアは服専門の店だから、トランクについては自分たちで調べないといけない。
「あの野郎、本当にどこかの〈商会〉の帳簿係なんじゃないのか?」
「そうかもしれない」
「こっちの帳簿は、メモほどじゃないが、暗号やら符号やらでカネの出し入れが書かれてるみたいだ。これを〈聖アンジュリンの子ら〉に放り込めば、そのファミリーは一撃必殺で全員監獄行きになる。こんなもん捨てたほうがいいかなあ?」
「そうかもしれない」
「それとこの蒸留酒、ちょっと手のひらにたらして舐めてみたが、同じことをもう一度やりたいとは思えない。そもそもホントに酒か?」
「そうかもしれない」
「ははーん。お前、〈そうかもしれない病〉にかかってるな?」
「そうかもしれない」
アルファロはずるっぽく笑った。
「じゃあ、レウス商会のボスにはお前がなったほうがいいよな?」
「……」
「そこは『そうかもしれない』っていうところだろ!」
「そうかもしれない」
「ったく。それにしても――」
ふたりはロデリク・デ・レオン街とその路地を出たり入ったりしながら、南へ進んでいたが、いかにも無頼漢といった風情の男たち数人がさっきからつけてきている。
アタマのおかしいサッカー選手ではなく、もう少し上等な剣士――教会の裏手や墓地、町外れの井戸のそばで『もとは宮廷の剣士だったが、わけあって都落ちした』というありもしない話をして、殺しを金貨五枚で請け負う連中だ。
「これからクルスに会いに行くっていうのに、こんなの連れていくわけにはいかないよな」
名高き犯罪都市カラヴァルヴァの警吏たちや善良な市民たちを試すわけではないが、アルファロはロデリク・デ・レオン街のような大通りで、殺し屋を撃退したらどうなるのか、試してみることにした。
「路地なんてつまらないことは言わない。ここでかかってこい」
つけてきた剣士たちのうち、先頭を歩いていたふたりがマントの下で剣を抜きながら、突進してくる。それをひだりにかわして、足をかけると、ふたりはもつれて、派手に転んだ。
残り三人はいずれもマントを左腕に巻きつけて、右手で剣をふるった。
彼らの剣技のほとんどは重心がぶれていたり、踏み込みが足りなかったりするお粗末な技だったが、十発に一発はこれはと思う技もあった。
特にひげの剣士が見せる、手首を内側へまわしながらの突きは切っ先が9の字に躍ってみぞおちを狙い降ろす。これが三回に一度出せるようになるなら、アサシンとして食っていけるが、そこまでいくほどの技量はもっていなかった。
最後の剣士は手首をポキンと折られて、大声でわめこうとしたので、幌でつくったパンツを口のなかにぶち込んで黙らせた。
パンパンと手を打って埃を払う真似をするアルファロは、
「さすがカラヴァルヴァだな。誰も止めに来ないし、捕まえにも来ない」
「そうとも言えない」
「ん? なぜだ?」
見ると、カラヴァルヴァ唯一のきれいな警吏にして、苛烈さについてはサアベドラ並みと名高いダミアン・ローデヴェイクが突っ走っているのが見えた。
アルファロは抵抗する意思がないことを示すために左手に握っていた予備のパンツを捨てて、両手を上げた。




