第四十二話 ラケッティア、肝心なこと忘れてた。
数本の真っ黒焦げな柱がカンパニーのつくった市庁舎要塞があったことを示す名残だ。
一日で作り上げ、一日で焼けた。
墨俣城もびっくりだ。
暴徒たちは炭まで分捕って逃げた。
その炭はさっそく串を打ったトカゲを焼くために使われている。
あの歪な形の木炭が実は人間の腕であるかもしれない。
マルチに浮気したが、結局メスカーロの人間は武装強盗が好きだ。
百枚の金貨から十枚の金貨を盗むか、百枚の銅貨から百枚全部を盗むかなら、百枚の銅貨を盗む。
きれいさっぱり奪い尽くすのが、ここの好みだ。
クレオがホテルから出てきて、こっちに手を振ってくる。
三日前、エメラルド星人界のゴッドファーザーを倒し、〈探究者たち〉とやらの耳に入るように吹聴した。
すると、性悪なツラをした伝書鳩が虫眼鏡必須の小さな手紙を持ってきて、三日後に来ると記してあった。
つまり、今日だ。
「もう来てる?」
「ああ」
「どんなやつ?」
「男だったよ」
ゴッドファーザー・モードで威圧してやるのが、交渉のコツだが、なあに、ディベート大会で〈生まれついての詐欺師〉と言われたこのおれだ。
素晴らしい詭弁で敵をけむに巻いて――。
「おい、クレ坊」
「ククク、面白いあだ名だね?」
「あそこで赤シャツが裏庭に引きずろうとしてるのは誰だ?」
「〈探究者たち〉が送ってきた交渉係だよ」
「あいつの首に絡まってるのはなんだ?」
「絞殺用のワイヤーさ」
「なんで、そんなものがあいつの首にぎちぎちに巻きついてるんだ? なんで、あいつは白目剥いて、ベロを出してるんだ? なにより、なんであいつは死んでるんだ?」
「無礼なふるまいがあった」
と、脇に立って腕を組んでいたイスラントが言った。
「無礼なふるまい?」
「そうだ」
「どんなふるまい?」
「それは忘れたね。覚える価値もない」
「覚える価値もないふるまいのために交渉役を殺しちまったのかよ?」
「そういうことになる」
イスラントが怒るくらいだから、相当なことをしたのだろう。
いや、これは、ジャック絡みのことだな。
だから、覚える価値もないとかはぐらかしたのか。
「ククク、なかなかしぶとかったよ。さすが、世界を救うヒーローは違う。たっぷり五分かかった。確かにこっちもちょっと遊んだけど、ククッ、それでも五分はなかなかの記録だ」
「せめて、裏に連れていって、ショットガンで吹き飛ばしてやればいいのに」
「今日は窒息死の気分なんだ。でも、大丈夫。交渉役はもうひとりいる。そっちはまだ生きてるさ。それもこちらの言い分が通りやすいように準備もしてね」
裏庭の池に大きな釣り竿みたいなものがあって、その先端から縄が垂れて、水のなかへ。
釣りならば釣り針がついているところに交渉役その二が沈んでいた。
「おい、死んでるぞ」
「え? ジャック。十秒経ったら引き上げてって僕は頼んだよね」
「あれはおれじゃなくて、トキマルに頼んだんだろ」
「おれは知らない」
「あのとき、うなずいただろ」
「知らないよ。どーでも」
「交渉役がふたりとも死んだら、おれは誰と交渉したらいいんだよ?」
「このなかにネクロマンサーはいるか?」
「いるわけないでしょ、そんなの。あ、でも、頭領の幻術返しなら――」
「とにかく死体を引き上げよう」
――†――†――†――
五月一日のカラヴァルヴァがこんなに涼しいとは思わなかった。
太陽もずっと遠い位置で程よく照っていて、風は程よい湿度と気温。
そして、美少女もいるよ。
マリスとアレンカとツィーヌとジルヴァとヴォンモとフレイがおれを完全包囲で、ぎゅっ、てしてくれています。
「もっとはやく帰ってくるって言ったのに」
「うそつきなのです」
「いや、いろいろあってさ。あの、すいません、歩けない」
「……歩けなくてもいい」
「へっ?」
「どこにも行けないようにするんだから」
「きみたちいつからヤンデレ属性をゲットしたの」
「足をもいじゃおう」
「亜空間リソースに閉じ込めます」
「だいたい、マスターはなんで男だけで行ったのさ? ホモなの?」
「おれとヨシュア&リサークの関係を知ってて、よくその質問が出るね」
「一回、マスターをあのふたりに番わせるのです」
「やめてよ。お客さん。身内から性犯罪の共犯を出すわけにはいかない」
その後、おれは生まれついての詐欺師としてのテクニックで、ひとり、またひとりと包囲を解いていった。
マスター大好きな美少女がひとり、またひとりと離れていくのはもったいない気がしたが、このままじゃ生活ができない。
さて、美少女たちがどいて、最後のヴォンモになると、実はミミちゃんがヴォンモにしがみついているのが発覚した。
「そこで何しとる?」
「幼女に抱きついてるんですよ」
「メスカーロって町じゃな、そこに住んでる人間、全員がお前みたいに欲望に忠実に生きてたぜ、自販機」
「つまり幼女がたくさん?」
「いや、ひとりもいない」
「その町、存在する意味があるんですか?」
「指名手配されて行き場がなかったり」
さて、ヴォンモである。
おれの右わき腹にぎゅっと抱きついている。
でも、さっきからひと言も発しないし、顔をおれに押しつけている。
……ひょっとすると、泣いているのかもしれない。
とりあえず、ひとりくらい女の子がくっついたままでもいいよね。
ハーレム系(?)主人公としてさ。
しかし、異世界にすっ飛ばされた日本人は必ずハーレムになるものなのだろうか?
「どうなんだ?」
「わたしにたずねられても困る」
「だって、こっちに来て、ハーレムもらえなかったんでしょ?」
「分からないが、こちらに来た日本の人間は女性をはべらせるものなのか?」
「いや、おれもよく知らないんだけど」
アスバーリは「?」と小首を傾げて、グラスを拭き始めた。
この長身のイケメンは現在、見習いバーテンダーとして、イスラントのもとについている。
ジャックのもとにつけなかったのは、イスラントには弟子が必要だと思ったからだ。
せっかく流血に耐性がついたのに、それも短え夢で終わったので、頼れる先輩という立場をつければ、ちょっとはヨハネヨハネとギスギスしないだろう。
見た目はクール系ライバルだが、この男、どこか単純なところがある。
「それにしても、あれはどうするかな?」
〈モビィ・ディック〉の壁に飾られているのは〈イースのジュレップ・パーラー〉の看板。
メスカーロのごたごたで手に入ったのはこれだけだ。
シックな〈モビィ・ディック〉の雰囲気に合わないファンシーな看板だが、捨てるのはもったいない。
カラヴァルヴァの氷菓事業展開をする日になったら使いたい。
もちろん、イスラントに製氷をさせるが、それでは本人は力尽きて死んでしまう。
魔法生物をつくる要領で製氷機をつくれないかと思うが、そういう考えでつくった自販機がロリコンだったという前例がある。
ここは慎重にならねば。サッカーも近いし。
ヴォンモの頭をなでなでする。
五月の末、二十七か八日か、そのあたりにカラヴァルヴァでも町内サッカーが開かれることになっている。
手でボールを触ってもいい、相手を殴ってもいい、蹴ってもいい、撃ってもいい。
ふたつのチームに分かれて、サンタ・カタリナ大通りの西端とグタルト通りの終わりにつくったゴールへボールをぶち込みにいく。
〈ハンギング・ガーデン〉で賭けを受けることになっているが、別の賭け帳を作って、ノミ行為に勤しむので計算人を雇わないといけない。
信頼できて、頭が切れて、もちろん数字に強い。
もちろん、エルネストと一緒におれも頑張るが、もうひとり欲しいところなんだ。
うちの身内は少々、数字に弱い。95パーセントを95割って言っちゃうくらい弱い。
それにサッカー開催中は選手たちが破壊の限りを尽くすから、ニ、三日は外に出ずに済むようにしないといけない。
そんなこと考えていたら、ヴォンモがむくっと顔を上げて、極めてかわゆい角度からおれを見上げてきた。
「もう、いいの?」
いいの?とは泣き終わったのという意味だ。
「はい」
ヴォンモの後ろではおれがかわゆい角度で見上げられたことに悔しがる自販機が血の涙を流しているが、放っておく。どうせ、あれは血ではなく、中程度の体力回復をする赤ポーションだ。
「あの、マスター。見つかったんですか?」
「何が?」
「矢文をしてきた人です」
矢文? 矢文――あっ。
メスカーロ ホテル・ミツルフォルニア編〈了〉




