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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
メスカーロ ホテル・ミツルフォルニア編
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第三十三話 哲学者ミツル、哀れイスラントは血を克服し。

〈星辰より来たるもの〉から世界を守るべく戦う〈探究者たち〉。


 その構成員は二千名。


「二千人? そんなにいないと世界を救えない?」


「オーナーは何人で救うべきだと思っているんだ?」


「ドラクエベースなら四人、聖剣伝説ベースなら三人かな」


「よく分かんねえけど、旦那、この前、スロットマシンで救えない世界には救う価値がねえって言ってたもんな」


「僕がそんな暴論を? 記憶にないなあ」


 とりあえず、〈探究者たち〉という組織が少々非効率的な組織である可能性が出てきた。


 それに捨て駒やら現代日本からの転生者やらアスバーリの体にエメラルドが埋め込まれた疑惑やら、おまけがついてくる。


〈星辰より来たるもの〉が何なのか真面目に考えれば、宇宙から落ちてきた物体Ⅹであり、それは宇宙人か隕石かアダムスキー型の空飛ぶ円盤か、そんなところで未知の生命体が絡んでいる。


 鉱山が廃坑になったのは銀が掘れなくなったわけでもなく、持ち主が宮廷の勢力争いに負けて、断頭台の露と消えたわけでもなく、宇宙人が問題なのだ。


 逆を言えば、そいつさえ何とかしてしまえば、ダンジョンの難易度は下がる。


 どうせエメラルド・モンスターたちは倒されると、砂と消えてしまい、倒すにもおいしさがない。


 そのくせ強いのだから、ホテル・ミツルフォルニアにとってはお邪魔虫の何物でもなかった。


 アスバーリは、あれはそんな簡単に破壊できるものではない、と悲観的な意見だったが、クルス・ファミリーは宇宙へ遠征して、ちょっとした宇宙戦争に勝ったことがある。しかも、そのときの従軍者がふたり、ここにいる。


「というか、きみは見たのかい? このエメラルドの元締めを」


 アスバーリはうなずいた。


「一度だけ。そのときは生きて帰るだけで戦うどころではなかった」


「どんな感じのモンスターなのかな?」


「あれは――眠っていた。おそらく、数万年以上。やつの目を見た。見るべきではなかった。だが、わたしのなかの、あの水晶が激しく反応し、わたしを、同化させようとした」


 その夜、ビリヤード台が冒険者たちでいっぱいになり、それぞれが山盛りのアランチーニとサボテン酒の大瓶で勝手にやり始めると、哲学者ミツルは皆を呼んで、〈星辰より来たるもの〉なる中二病だかクトゥルフ神話だかをこじらせた営業妨害モンスターを倒せるか、たずねてみた。


「ジンパチが雌の〈星辰より来たるもの〉に化けて、ハニートラップを仕掛けるなんて、どうかな?」


「そいつぁ無理だ」


「相手が雌かもしれないもんな」


「旦那が隠しても隠しきれねえおれの性別を超えた魅力に頼むところは分かるけどよ、あいにくオイラはその、お天道さまからきた野郎を見たことがねえんだ。見たことがないなら化けられねえ」


「お客さまと頭突きしてみたらどうかな? これまでの経験から頭突きには記憶の感染力がある」


「別の手をあたってくれよ、旦那」


「まあ、お客さまに頭突きを強制したら、ホテルとしてのランクも下がる。たとえ二階の床がボロ抜けしていても、我が子のような可愛いホテルなんだ」


「イースがさっきからいないんだが」


 イスラントは厨房から出てきたのだが、その手には熱々の川鱈のムニエルが乗った皿。


「なにしてるんですか?」


「急に魚が食べたくなって、裏の池の魚でムニエルをつくっていた」


「頭領。クール系ライバルとマイペースはなんとなく矛盾する気がするんですが」


「どうだろう。確かにクール系ライバルはお馬鹿な熱血系主人公に振り回される印象があるけど、僕が思うに、精霊の女神さまも、この世にひとりくらいマイペースなクール系ライバルがいても気にしないんじゃないかな。でも、イスラント。よく作れたね」


「馬鹿にするな。バターで炒めるだけだろう」


「いや、そうじゃなくて」


「?」


「どうやって切り身にしたの?」


「そんなこと、腹を切って、ハラワタを抜いて、身を骨から削いで――」


「血。出たよね?」


「血……はっ、そうだ。血が出ていた。それなのに、おれは平気で――」


「旦那の知識が流れ込んだ副作用じゃあねえの?」


「そうかもしれない。……ヨハネ! おれと勝負しろ!」


「ククク。血を見て、泡を吹かないとわかった途端にこれだ」


「だまれ、外野め! さあ、ヨハネ! 表に出ろ。おれかお前か、いまこそ決着をつける」


「なんて、言ってるけど」


「おれは構わない。ただ、イース、戦う前にひとつききたい。ニューヨーク五大ファミリーの名前は?」


「ガンビーノ・ファミリー、ジェノヴェーゼ・ファミリー、ルケーゼ・ファミリー、コロンボ・ファミリー、ボナンノ・ファミリー……そうじゃない! おれはお前と決着を――」


「ブルース・スプリングスティーンの『アトランティック・シティ』の歌詞に出てくるチキンマンとは誰のことだ?」


「フィリップ・テスタ――おい、ふざけるな、おれは!」」


「ダッチ・シュルツの手下で〈人間計算機〉の異名を持つのは誰だ?」


「オットー・〈アバダバ〉・バーマン。やめろ! そうやって、おれを」


「アルバート・アナスタシアが殺されたときに座っていた床屋の椅子はいま、どこにある?」


「マフィア博物館。そうやって、おれを混乱させようとしたって――」


「住所は?」


「アメリカ合衆国、ネバタ州、ラス・ベガスのスチュワート・アヴェニュー300番地――くそっ!」


「どうする、イース? おれはこのまま続けてもいいが?」


「ふざけるな! 絶対に貴様をころ


「ガンビーノ・ファミリーのメンバーを思いつく限り挙げてくれ」


「サルヴァトーレ・ダクイッラ、マンフレディ・〈アル〉・ミネオ、フランチェスコ・スカリーチェ……」


 ジャックはザキより効く死の呪文を唱え、イスラントはサルヴァトーレ・ダクイッラから代理ボスのフランク・カリまで全てのボスの名前と唱え、それからアンダーボスとコンシリエリを挙げられるだけ挙げて、さらに大多数のカポ、ソルジャーの名前まで挙げることになり、さらにジャックは――


「もちろん、準構成員アソシエイツも全員」


 と、トドメを打った。

 全部合わせて三千人か、そのくらい。


「旦那も詳しいんだな」


「オーナーのそばにいると、嫌でも詳しくなる。まあ、ヨシュアたちほどではないが」


 ヨシュア、という名前をきくと、来栖ミツルはキョトンとして、


「ヨシュア? 誰だい、その人? 僕が知ってる人?」


 ヴィンセント・マンガーノ、アルバート・アナスタシア、カルロ・ガンビーノ……


「何言っているんだ、オーナー。……まさか、フェルディナン・リサークの名前も覚えていないのか?」


 ポール・カステラーノ、ジョン・ゴッティ、ピーター・ゴッティ……


「ええと。フロイトの弟子?」


「ククク。これはこれは。無防備なことだ。いまの状態でカラヴァルヴァに戻ったら、あっという間にレイプされちゃうねえ」


「それもある意味で、幸せかもしれねえぜ?」


 カーマイン・〈チャーリー・ワゴンズ〉・ファティーコ、フランク・デチッコ、ジョセフ・〈パイニー〉・アルモーネ……


「駄目だ。オーナーはやつらの魔の手に渡さない」


 ジョセフ・〈ジョー・バンディ〉・ビオンド、スティーヴン・フェリーニョ……


「クックック。それは、また、清く正しく美しい決意だ。ついさっき、イスラントに死の呪文を打ち込んだ御仁の言葉とは思えないねえ」


「うっ」


「ジャック。もう、イスラントは大丈夫だと思うよ?」


「分かった。イース、もういい」


 イスラントは散々な目に遭った。

 血に対する耐久ができたが、それ以上の欠点を得た。

 しかも、ムニエルがなくなっていた。犯人は赤シャツである。


「頭領はそういうこと、とても喜んで言ってくれますけど、そうでない人にとっては苦痛なんですね。いい勉強になります」


「ゼェゼェ……言っておくがな、きみの頭のなかにもこの火薬樽はうずもれているんだ」


「勉強になります」


「まあ、全部、そのうち治るさ。治らなかったら……頭突き大会かな、クックック」


 そのとき、表のスイング・ドアが開く音がした。

 なぜか知らないが、人はスイング・ドアを見つけると、勢いよく開ける。

 だから、ドッタンバッタンと大きな音がするのだが、それがウェティアが爆発する直前の音に似ているので、つい頭を守るようにして身を伏せてしまう。


 やってきたのは、ゴールドマン治安判事とその双子の助手ムンビとムンバだった。


 このちびた黄金好きの老人はスツール代わりの樽によじ登るを両足をぶらぶらさせたまま、サボテンの焼酎を頼んだ。


 グラスに一杯つぐと、ひと息に飲み干した。お代は払わないし、払えとも言われない。

 後ろではふたりの助手が空のグラスに残った最後の一滴を熱く見つめ、よだれを垂らしているが、治安判事はそんなことはまったく気にせずに言った。


「わしの天下も終わりだ。カンパニーの執政官が明日来る」


「それはそれは」


「もちろん、連中が円滑なメスカーロの統治を行うには経験豊かな治安判事の助言と好意が必要なことくらいは分かっているが、助手どもはどうかな?」


 そう言いながら、ちらりと後ろに目をやると、ムンビとムンバは槍を背中に隠して、恥ずかしそうにもじもじした。


「それで、判事さん。明日は執政官閣下御一行さまがやってきたら、沿道に花をまいたりするんですか?」


「さあな。正直、住民総出で笑顔で迎えたらいいのか、汚いものは全部箱に詰めて封じたらいいのか分からんところだ。執政官はわしとガルベスを呼び出していて、明日には市庁舎に行かなきゃいかん」


「そんな建物ありましたか?」


「今夜つくるんだ。明日の朝までに。それにまわりを囲む壁と軍馬用の厩舎、武器倉庫なんかもな」


「そんなに速く?」


「カンパニーには市庁舎をつくるための専門部隊がいるんだろ。なにせ唸るほどカネがある連中だからな」


「ガルベス隊長は来るんですか?」


「それはわしの知ったことではない。ただ、やつは拝金主義者はみな犯罪人だと思っているからな。やってきたら、面白いことにはならないだろう。それより、問題は――あんただ。あんたも市庁舎に来るように言われている」


「僕が?」


「市を代表する実業家としてな」


「でも、僕は冒険者ギルド資格でトラブっているんですけど」


「この町で宿屋を三日以上続けられたよそものはお前さんだけだし、お前さんが抱えてるカンパニーとのトラブルはそんなもんじゃないだろう?」


「そうかもしれないけど、僕はここで清く正しく冒険者ギルドを運営してるだけです。町の人にきいてみてください」


「町の人はお前さんを犯罪王だと言っている」


「ひどいなあ」


「とにかく、わしは言うだけのことは言った。あとはそっちで決めてくれ」


「僕の生首を持っていったら、彼らの心証もよくなると思いますよ」


「それはいいアイディアだが、あっちの赤いシャツと後ろの黒髪バーテンダーが先にわしを生首にしそうだ」


 判事とムンビとムンバが去っていくと、哲学者ミツルは厨房に集まっているファミリーメンツに行った。


「明日、カンパニーの本拠地に挨拶に行くけど、一緒に来たい人は手をあげてくれないかな」

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