第十九話 探索部隊、お宝を埋め埋め。
炎神の剣。
炎の国の王子カムタスが雲の王ルムータを打ち破る際に使われた剣。
鍛冶の神トコーの打ったその刀身には燃え上がる星の影が常に映され、手にしたものは自在に操ることができると言われている。
「じゃあ、埋めておこう」
「埋め埋め。クックック」
ジャックとイスラントが掘った穴にクレオが宝剣をポイッと投げ、それからは三人で穴に土を蹴り落としていった。
そこはメスカーロ廃坑の地下第五階層。
監督部屋と鉱石床を結ぶトロッコ通路である。
メスカーロの廃坑に反乱貴族や盗賊たちの財宝を埋めているという伝説は本当だった――という八百長をせっせと用意する。
いや、八百長ではない、とジャックは言うだろう。
確かにこのダンジョンで見つけたのだ。炎神の剣を。
それを確認し、埋めて、さらにスコップでバンバン叩いて、レアアイテムの秘匿を完璧なことにする。
あとは経年劣化した羊皮紙に難易度がやや高い宝の地図を描き、やはりダンジョンの、割と浅めなどこかに隠すのみである。
悪竜の首飾り、星の樹の小瓶、月の盾。
これだけの宝物があるにも関わらず、ダンジョンが放置されていたのはメスカーロの治安の悪さもあるが、いかんせん住民の九割五分が悪質な噓つきなせいもあるのだろう。
現在、この階層には大昔に死んだ鉱夫のミイラに性悪エメラルドが寄生したモンスターたちがいる。
このエメラルドどもはネバダ州賭博委員会並みの熱心さでダンジョン八百長の実行犯を探し、サンドイッチみたいにムシャムシャ食ってやろうとうろついている。
この死してなお働かせられるブラック企業の犠牲者的な哀れなモンスターたちは社畜たちが栄養ドリンクでかろうじて命をつないでいるように、鉱夫たちもまた増殖した碧い結晶と碧い光でかろうじて体を繋ぎとめている。
社畜との違いは彼らは斬ったり刺したりしても血が出ない。社畜は出る。
ということで、イスラントは張り切って、敵を斬ったり刺したりしている。
もちろん敵は非常に頑丈だし、体をエメラルドと光で再生もする。
だから、再生が追いつかないほど攻撃する。
敵の攻撃は華麗に避ける。三人とも暗殺者としての戦い方を叩きこまれている。つまり、素早さと身のこなしが重視なのだ。
一番危ないのは調子に乗って剣をふり、斬ってはいけない柱を斬って落盤を起こすことだ。
「こいつで倒れろッ!」
イスラントの刀身を巻いた一撃が鉱夫の胴を深々と薙ぐ。
既にエメラルドの再生で左わき腹が歪なまでに腫れあがった相手は光を失い、灰色の砂となってその場に崩れる。
イスラントはその砂の山に手を突っ込むと、さっきまでモンスターの首に刺さっていたジャックの投げナイフを手に取り、眉間を狙って投げた。
「殺す気か?」
ジャックは首をちょっと傾けて、ナイフをかわすと、それを壁から引き抜き、腿に結んだベルトに差す。
フン、とつっけんどんな態度を取るイスラントを見て、クレオは、ジャックが今の一撃で死んだらエメラルド・モンスターになって再生するんだろうな、そうなったらイスラントは精神崩壊モノのトラウマだ、とくすくす笑いながら、ねじれた銀の杖を拾い上げた。
恵みの癒杖。
疫病で滅びる寸前の祖国を救うために自らを杖と化し、人びとを病から救ったという伝説の杖。
これは埋めずにダンジョンの入り口あたりに放り出し、期待度を上げておく。
ただ、放り出すにあたって、三人のあいだに意見の違いがあった。
ジャックは道にただ置くのがいいと言った。変な小細工はいくら何でも狙いすぎだとのことだ。
イスラントは冒険者という人種をなめてはいけない、やつらは杖を取るためにかがむことすら面倒くさがるという妙な敵意があり、腰を曲げずともとれるよう、地面に刺すのがいいと言った。
クレオは紐で梁から吊るすのがいいと言った。絞首刑を連想させる。絞首刑は体にいい。
そんなふうにやり取りしているところをアスバーリが通りかかった。
「何をしているんだ?」
三人は事情を説明し、自分の派閥に入るようアスバーリを勧誘した。
「それができないなら、全員が納得する解決策を提示してくれないか?」
アスバーリは左腕を伸ばして、開いた手のひらから碧い光を発した。
恵みの癒杖はバチバチと光を放つ碧い球のなかに閉じ込められ、浮かび上がった。
確かにどの案ともかぶらない――気がした。
投げ出されず、地面に刺さらず、絞首刑でもない。
「ただ、どうもこのバリア、殺傷力がある気がする。どうなんだ?」
「分からない。自分で触れたことがない」
「クレオ。触ってみてくれないか? あとでスライム・マティーニをごちそうするから」
おぺぺぺぺぺぺっ! と、ちょっとやそっとのことではきけないクレオの悲鳴がメスカーロの廃坑に響き渡った。
スライム・マティーニなんてもの飲むためにビリビリバリアに触るなど、愚かの極みと世人ならば言うところだろうがクレオは別に世のなかに認めてもらいたくて、ゲテモノ食いをしているわけではない。
むしろ食を通じて売名をせんとする、自称グルメどもは死んで当然のクズくらいに思っている。
売れた名を食べて、腹が膨れた例など存在しないのだ。
ともあれ、クレオの尊い犠牲のおかげで、このバリアでは誰も杖をゲットできないことが分かった。
仕方がないので、バリアを解除してもらうと、せめて目が覚めたとき、首つり縄に引っかかった杖が最初に目に入ったら、クレオも嬉しかろうということで、クレオの案で杖を放置することにした。
「イース。首吊り縄というのはどう結ぶんだ?」
「おれはお前が知っていると思っていたぞ」
「どうして殺す専門のおれが自殺用の結び方を知っているんだ?」
「首吊り自殺に見せかけるとか、注文があっただろ?」
「ない。任務に締め切りはつけられたが、殺り方の指示は受けなかった。イースにはあったのか?」
「それは……おれもないが。そうだ。おい。お前、首吊り縄の結び方を知っているか?」
「いや……わたしには分からない」
「知らないとさ。イース」
「まったく。どいつもこいつも。仕方がない。クレオが目覚めるまで待とう」
クレオが目覚めて、ン、と伸びをする。
「お前の尊い自己犠牲を認めて、杖は梁から吊るすことにした。喜べ」
「ククク。それは嬉しい知らせだ。早起きは銅貨三枚の得だねえ」
「じゃあ、さっさと結べ」
「ン? 僕は結べないよ。やり方知らないから」
「は? だが、言い出したのはお前だろう?」
「確かに言い出したのは僕だけど、結ぶのまで僕がやるとは言わなかっただろう?」
――†――†――†――
三人の意固地な討論は誤った経済政策と同様に誰かが殴って止めるまで続く。
アスバーリは三人を鉱山の入り口に残して、歩き出す。
丘のふもと、鉱山から伸びた赤砂の道の先に小さな集落があり、空き地や二階建ての平屋に混じって、ホテル・ミツルフォルニアがある。
風が巻き上げる砂のせいでホテルの前の板張りの道が見えないが、注視すると、アスバーリの優れた碧い視力はロッキング・チェアから放り出される限界ギリギリまで勢い付けて揺れる来栖ミツルの姿をとらえた。
よほど熱心に揺れているのだろう、そのそばをあの危険な騎兵隊が通り過ぎるのにも気づかなかったらしい。
騎兵隊はその長を先頭に道を曲がり、鉱山とは逆のほうへ、盗賊たちを探して荒野へと出ていった。
アスバーリがホテルの前まで来ると、来栖ミツルは激しく揺れ過ぎて気持ち悪くなったのか、椅子の横で四つん這いになって、その日の昼飯とおやつをゲーゲー吐いていた。
「……ゲンダイニホン、とはなんだ?」
「はい?」
「お前が前に言ったことだ。知っていることがあるのなら、教えてほしい」
来栖ミツルは口を布で拭きながら立ち上がった。
「ひょっとして記憶がないの?」
アスバーリはうなずいた。
そこで哲学者ミツルはゲンダイニホンについて、ざっと説明した。
手の施しようがない物質主義と匿名性が確保された野放図、それに財政赤字。
もちろん来栖ミツルは全てを知っているわけではない。
年号が平成から令和に変わったことを知らないし、コロナときいて思い浮かべるのはガス給湯器だし、マーティン・スコセッシがメガホンを取り、ロバート・デ・ニーロ主演、ジョー・ペシやアル・パチーノも出演する『アイリッシュマン』がネットフリックスで放映されたことも知らない。
だが、彼は異世界に転移、または転生して、ゲンダイニホンとはまったく別の世界で無敵のモテモテ生活を送るジャンルの小説が流行っていたことは知っていた。
それは登校拒否やブラック企業、引きこもり問題など、現状に満足していない人間がゲンダイニホンで死んで、こちらにやってくるのがセオリーだが――。
「でも、僕はあっちの生活に不満があったわけではなかったんだけどね。校長先生が未成年と一緒にラブホテルに入った写真を撮ったから、これをどう利用するか楽しみにしていたし、パスタもゆでていた。死んだら異世界、とは言うけれど、死んだ覚えがないんだよ。きみは?」
「何も覚えがない」
「ああ、そうだったね。じゃあ、覚えていることから始めるべきかな」
来栖ミツルはオイデオイデして、ロッキング・チェアを勧めた。
「深く座って、大きく息を吸って。で、何か心に浮かんだことがあったら、思うままに、時系列が順になってなくてもいいから、話してくれないか?」
言われた通り、椅子に深く腰掛けて、息を大きく吸った。
これまで誰にも話したことのない自分のことが、不思議なことに、この少年を相手にするなら話せそうだった。
「わたしは――」




