第五十八話 ラケッティア、悪徳はいかが?
悪徳はいかが?
きれいなねーちゃん、サイコロ賭博、喧嘩にカードにうまい酒。
ディンメルを囲む悪徳の街のひとつにヴォルステッド通りと名付けた通りがある。
ヴォルステッドとはその昔、アメリカに禁酒法を提案した議員で、おそらく真面目な性格だったのだろうが、洞察力がなかった。
禁酒法によってギャングが栄え、一般市民が法律を破ることへの抵抗も薄れたのだから。
ヴォルステッド通りは全長百五十メートルほどで、クルス・ファミリーがマメに手をかけているので、『狂騒の20年代作戦』を担う歓楽街のなかでも最も栄えている。
今や丸太小屋のあいだに走る通りには氏族歩兵や義勇兵、ディンメルからの脱走兵、女衒、酌婦、イカサマ師、所属不明の酔っぱらい、巾着切り、詐欺師、楽士、吟遊詩人、土産物売り、付近の住人、あるいは遠くの都市から来たものもいる。どいつもこいつも喧騒と酒と楽しみが欲しくてやってきたのだが、おそらくガルムディアのスパイも少しは混じっているはず。
まあ、いたところでヴォルステッド通りはこの世の悪徳全てを集めたところですと報告するのが関の山だろう。
通り沿いにある建物はみな二階建ての丸太小屋で、マダム・ミレリアの青いユリはベランダみたいなものまでつけている。
あれから娼婦の逃亡が続いて、ヴォルステッド通りにはあと二軒、娼館がある。
賭博専門の店が五軒(うち一軒は高額ポーカー専門で大銀貨一枚より下からは賭けられない)、他は酒場だが、そこでも酌婦はいるし、カードもやる。
楽団はどこにでもある。
というより、一つの店に一つの楽団があるといっても過言ではない。
なにせMP3プレーヤーがないから、音楽が欲しかったら演奏させるしかない。
魔法でひとりでに楽器を動かすこともまあできるにはできるらしいが。
「なあ、エルネスト。この街、どう思う?」
「いい感じに育ってると思うよ」
「ディンメルが落城しても、ここに街ができるかもしれないな」
「となると、城壁のなかは全部旧市街になる」
「まあ、それを決めるのはユリウスの仕事であって、おれたちはもうそのころにはここにはいない」
「ダンジョンのほうはどうなんだい?」
「うまくいってるらしい。レイルクも妹とあえて、毎日が楽しいんだろうな」
そこでユリウスからお呼びがかかった。
総司令部と呼ばれている丸太小屋へ。
テーブルの上に地図。集まった面々はここから東部にある港、サムウェントを指していた。
「ガルムディア軍が救援に来る。数は五万」
ユリウスの言葉にみな緊張する。
「サムウェントはこちらの手にあるが、その南には上陸可能な浜辺がある。ここまでは兵を配置できない。上陸するとすれば、ここからだろう」
スヴァリスが説明をかわる。
「ディンメルを包囲している現状として、上陸直後の敵を攻撃するのはできませんな。やるとすると開けた平野での会戦。ま、敵もそれを狙うでしょう。ディンメルは早晩落ちそうではありますが、それでもこちらが用意できるのは三万五千。数ではこちらが劣勢。騎兵もこちらは軽装騎兵が三千。相手は重装備の騎士が五千。これもこちらが不利だ」
敵の司令官は? と、ハーラル・トスティグ。
「ポルフィーリ侯爵といって、それなりの場数は踏んでいるので、デルレイド親子よりはできるでしょうな。」と、みなが深刻な顔をするそのとき、吉報の鳩がやってくる。
伝令が総司令部に駆け込む。興奮に顔を赤くした少年兵はディンメルの全城門が開き、武器を捨てたガルムディア兵が次々と投降してきたことを伝えた。




