第五話 ラケッティア、食品偽称問題。
「なあ。あそこの丸焼き串に刺さってくるくるまわっているやつ、あれ、コボルトか?」
深く突っ込んではいけない肉がじゅうじゅう焼けている。
調理を担当するのはケツの大きさが左右で違う、おばちゃん。
肉汁受けの皿も用意しないいいかげんな調理で、技術的には野宿の焚火と変わりない。
いや、野宿以下だ。
よく見ると、コボルトが着るボロきれみたいなチュニックと小さな棍棒がある。
おれの目線がそこに行ったのが分かると、おばちゃんはチュニックと棍棒を炉台のなかに蹴飛ばした。おれは欲しがったとでも思っているのだろうか。
肉汁受けの皿は用意しないくせに、安物の服と武器を火のなかに蹴飛ばす労力は厭わない。
いまのところ、おばちゃんと呼んでいるが、ババアにシフトアップするのに時間はかからないだろう。
「ねえ、ミツル。ここで何か食べていかないかい? ククク」
テーブルにつく。
ジャックとイスラントは深刻な顔をしている。
おれの顔も似たような顔だろう。
テーブルはべたついていて、椅子がわりの小さな樽がグラグラする。天井は脂っぽい煤がこびりついているが、これは調理場の炉の上に煙逃がしの穴を開けないという独創的で革命的で何より安く済む普請の賜物だ。
こんなももんじ屋にだって、新品同様でキラキラ輝いていた時期があるはずだが、その時点で煙突なしで煙が天井を汚してきたわけだ。
この店はもうオギャアと生まれたときから、ダメになるべく運命づけられていたのだ。
「とりあえず、何か頼むか。おれはゴブリン・ポトフ」
「コボルトの串焼き」
「あれはやっぱりコボルトだったか。じゃあ、おれは玉ねぎのスープ」
「それじゃ腹が空くのではないか? オーナー」
「でも、モンスターが入ってないのはこれだけだし」
まったく。
確かに〈大当たり亭〉と比べれば、ここのメニューは弱い。
だが、ここでは食うのは魔族ではなく、人間である。
ただ、おれたちはカタギではない。
社会はおれたちを人間扱いしないものだ。
つまり、ワンチャンある。社会抹殺的村八分理論により、おれたちは死なずに済むかもしれない。
なんか、自分でも何言ってるのか分からん。
「おばちゃん。注文。こいつらにはゴブリン・ポトフとコボルトのひと口串焼き。ジャックは?」
「キノコのグリル」
「じゃあ、おれは玉ねぎのスープ」
おばちゃん、いや、ババアはまるで注文通りに料理をつくることが苦痛で苦痛で仕方なかったらしい。
おれ以外の全員がコボルトのひと口串焼きを乱暴に置かれたのだ。
おれはというと、玉ねぎスープ。
見栄えはよくないし、濁りもあるが、ともあれ、ただの玉ねぎだ。
ジャックとイスラントはハラハラしながらコボルトをひと口食べる。
「ん? 意外といけるな」
「マジ? だって、それ、コボルトでしょ? クレオ。お前はどうなんだ?」
「ククク、物足りないねえ。これ、本当にコボルト?」
「分からない。コボルトなんて今日初めて食べる」
「これ、本当にコボルト?」
まあ、どうでもいい。
おれはカタギの食べ物をちょっといただく。
「うん。うまい。やっぱ食材はきちんと地面で育てなきゃね。ダンジョンから生け捕りで引っぱり出しても意味がない。しかし、この玉ねぎ、すっげえうまい! んまい! なんなら、うちで仕入れる?」
そのとき、ふたり組のならずものがドアを開けて入ってきた。
ひとりはデカくて、ひとりはちび。どちらも埃が汗に混じって、黒い汚れにランクアップしているひどい有様だ。チビのほうは弾薬筒がいくつもぶら下がったバンドリールというベルトを肩から斜に下げていた。
兄貴、と背の小さいほうが背の大きいほうにきいた。
「なんで、このあたりじゃ牛の肉のことをコボルトの肉って言うんすか?」
「そりゃ、お前、盗んだ牛はコボルトの肉ってことにしたほうが売りやすいからだよ」
「でも、キラー・オニオンのことは普通に玉ねぎって言うっすよね」
「そうでもしておきゃあ、一年にマヌケがひとりかふたり、普通の玉ねぎだと思って、食べちまうのさ。それより、今日は何を食うかなあ」
「コボルトにしやしょうよ、兄貴」
「そうだな。まったく。牛が食えるのにわざわざキラー・オニオンを食う理由が分からないぜ。ガハハ」
クレオが黙って、おれにコボルトの串焼きの皿を寄せたので、おれは、ただの玉ねぎスープの鉢をそっちに押しやった。




