第二話 ラケッティア、あのころころはタンブルウィードって言うんだって。
こうして人間、ただ生きてるだけで賢くなれる。
ありがたや、ありがたや。
これを教えてくれた男は砂埃立つ路地から飛んできた弾丸を左肩に食らって、ぶっ倒れた。
犯人が逃げる足音がきこえ、親切な物知り男はと言うと、誰も頼まず、あてにせず、「殺してやる」とつぶやきながら、砕けた肩から腕をぶらんとさせて、反対方向の砂埃立つ路地へと消えていった。
弾を食らったら誰もあてにせず、自分で医者(みたいなやつ)のもとに行き、応報は警察をあてにしない。
「ククク。大変な土地に来てしまったねえ」
「いや、大変どころじゃねえぞ。見方を変えれば、カラヴァルヴァよりひでえ。こんな土地でラケッティアリングをしなきゃいけないなんて、ボスの辛いところだよね。てへてへ」
「は? オーナー、ここで商売をするのか?」
最近おれをオーナー呼びするようになったイスラントの質問におれは「え? おれ、何か言っちゃいました?」な顔をする。
カード賭博のテラ銭を取ったり、サボテン酒の密造に手を出したり、つんつるてんのコートを上着を売りつけたり。
最大のはこの枯れた土地に水をもたらすための大灌漑工事に建設労働者やら材料やら土地やらを談合と極秘情報からあらかじめ知っていて、クソすげえ金持ちになるとか。
ただ、灌漑プロジェクト唯一の難点は水を通すだけの価値のある土地だと思ってもらわないと困る。
正直、いまメスカーロに川の水を引いても、船に乗って海賊もどきを始めるに違いない。
傭兵と盗賊は紙一重だ。
ともかく今欲しいのは宿だ
日差しがきつくて体力をガリガリ削られてる気がするから、屋根が欲しい。
絞首刑台が組まれてぼろっぼろの死体を吊るしたままほったらかしにされている広場に二階建ての宿屋があった。
正面にはベランダと板張りの通路。
まだ、この街がまともだったころにはそこそこの階級が泊まるのを見越していたらしいが、いまでは窓は全部割れて、油紙を貼っていて、砂が通路に積もっている。
これは後で知ることなのだが、メスカーロにはとっくの昔に廃坑になった穴があり、銀が取れていたらしい。
鉱脈はハズレで十年も掘ったら消えてなくなった。
魔物が棲みつき、ちょっとしたダンジョンになったそうだが、現在でもちまちま探索者が絶えない。
というのも、大泥棒〈モンドラン〉がそのお宝をその廃坑に隠したという伝説があり、一攫千金を夢見る動機はきちんと存在しているのだ。
モンドランほどの男が隠したお宝なら、こんなひなびた町では使い切れないほどの黄金や宝石が眠っているに違いない。
興味は湧くが、まずは宿を決めねばならない。
トキマルは休む休むとうるさいし、太陽はわざと高度を下げて、おれたちを干しにかかっているようにも思える。
ぬるくてもいいからいつでも水を飲め、風通しのいい部屋で暑さをしのぎたい。
おれたちの入ったホテルは一階が酒場になっていて、やけに広い。
たぶん、まだ鉱山が生きていたときに鉱夫たちがもらった日銭を落としていったのだろう。
ところが、産業崩壊で無法者の町と化すと、代金をもらうよりも強盗を受ける回数のほうが増えてしまったわけだ。
ムードたっぷりのスイングドアを開けて、何でもいいから果実を絞った汁をくれ、とバーテンに頼んだ。
バーテンは頭の禿げた小男でサボテンの実を石臼で引き、トゲの混じった汁を人数分出した。
「いくら?」
「金貨三枚」
「高すぎやしないか?」
「金貨三枚」
「わかったわかった」
仕方なく金貨三枚のぼったくりに払いを済ませると、バーテンは鍵を渡してきた。
「なにこれ」
「ここの鍵だ」
「鍵って、ここスイングドアじゃんか」
「物置に戸板がまだあるから、錠前屋を呼べば、取り付けてくれる」
「おれたちは飲み物が欲しいんだけど」
「好きなだけ飲め。今日からここはあんたらのもんだ」
「金貨三枚でこの宿を売るっての?」
「そうだ。一週間、誰かがあのドアの真ん前で山盛りのクソを垂れやがった。夜のうちにな。人殺しや強盗、ツケを踏み倒したまま鉱山で死ぬ阿呆には我慢できたが、玄関のクソには我慢できなかった。こんな町は捨ててやる。どこか別の町でやり直すんだ。だから、金貨三枚」
「金貨三枚は大金だけど、よその町でやり直すには足りない気がするなあ」
「誰も買い手がつかないんだ。マヌケなよそもの以外はな」
「じゃあ、まあ、マヌケなよそものとして、ここを買うよ。拠点が欲しかったし」
「ここには何の用で? 観光に来たわけじゃないだろう?」
「人を探してる。ここの殺し屋から挑戦状をもらったんだよ」
「ふーん。そいつ、少なくとも字が書けたわけか」
「知ってる?」
「さあな。連中を必要以上にこそこそ嗅ぎまわるのはあまり面白いもんじゃない」
小男のバーテンダー兼オーナーはさっさと荷物をまとめて、次の駅馬車で町を出ていった。
すると部屋割りを決めるより前に強盗が二件、ご挨拶がわりにホールドアップを仕掛けてきて、半殺しの目に遭わせて、外に放り出した。
まあ、退屈はしなさそうな土地だ。まったく。




