第二十話 ラケッティア、実業的マッチポンプ。
サンタ・カタリナ連合会の行商人たちは浮動する紙幣価値で大富豪と一文無しを一日に五回は体験しているらしい。
「近ごろじゃあぶった鶏のケツ肉を買うのもこの紙束じゃないときかない。それも並ばないといかん」
「あたしなんて酒を注文して届くまでのあいだに紙幣の価格が減ったり増えたりして、いくら払わないといけないのか分かんなくなるよ」
「そりゃただの飲み過ぎだ。ばーか」
「これからもっとひどくなる。セディーリャ紙幣だけでも計算が追いつかないのに、スヴァリス紙幣との複合技で攻めてくる。ひとつの紙幣でもアタマがどうかしそうなのに、さらにもうひとつキチガイ紙幣をぶち込まれたら、おれたちがキチガイ病院にぶち込まれる」
サンタ・カタリナ通り沿いの倉庫には元傭兵の行商人たちが集まっている。
戦場を渡り歩いた経験から紙のカネを信じられない彼奴らは自分の財産をちょっとした貴金属や高級ワインなどにして持ち歩いている。
そのたくましさにこっちはホッとする思いだ。
〈清貧派〉評議会からは既に撰銭禁止令が出ている。
自分がもらうときは割ときれいでつくりもよい紙幣を要求し、自分が払うときは擦り切れてよれよれでS&Sしか書いてないダメ紙幣で払おうとする行為を撰銭と呼ぶ。
紙幣の出来不出来が流通を混乱させることを防ぐ条例だが、それなら金属のコインを使うほうがいいんじゃねえかと思う。
思うのだが、紙幣という新しい経済ガジェットに興奮したおれたちチンパンジーは冷静に物を考える力を白雪姫の小人たちにくれてやってしまったのではないかと思う。
そして、今日も今日とて朝シャン感覚で札束風呂に入り、札束でビンタしあい、金融業者たちは浮浪者をかき集めて、ジメジメした地下室に放り込んで紙幣を大量生産している。
紙幣を主力とする管理通貨制度の世界からやってきたおれでも、いまの紙幣崇拝を見ると、おれ以外の人間みんなアタマいかれたんじゃないかって気がしてくる。
世界発狂家族に婿入りするバッドエンディングは遠慮させてもらいたいものだが。
さて、倉庫の隅に四枚の布でつくった控室できったなくてみすぼらしくて誰も見向きもしないであろうセディーリャ紙幣をもてあそんでいると、アズマ街で買ったノックがわりの木魚がポクポクと鳴った。
ミカエル・マルムハーシュと事務全般を引き受けているアデラインがやってきた。
「準備はできてる。みんな集まったわ」
「よし。でも、本来なら、これ代表の仕事なんだけど」
ミカエル・マルムハーシュは「?」という顔をした。
倉庫内では寒い寒いと火がいくつか焚かれていて、古ぼけた石の倉庫の冷たさを外に追い出そうとしている。
倉庫はもうぎゅうぎゅう詰めで、戦場メシ屋のゼルグレやトロルの油を売っているガルバーノ、アヒル舟のアマビスカといったストリートでかなり名前を知られた面々もいる。
この物価のイカレのせいでまともに商売が難しくなってヤミ屋専門になったやつらもいれば、根性で材料を見つけるものもいるが、どの道、今回のことで収入減を食らっていて、街じゅうで熟練の元傭兵がいっせいに暴れたしたら、それこそほんまもんのクーデターになってしまうだろうな、と考えつつ、おれは話の口火を切ることにした。
「まず、やってもらいたいことがある。紙幣を集めてほしい」
「普通に商売してりゃ集まるだろうが」
「そうだ、そうだ」
「頭領は何て言ってるんだ?」
「?」
「この通り、少年の心をもつアラサー騎士頭領は?になっている。だから、説明するが、とにかく紙幣を、それも使われなくなった、古くてボロボロの紙幣を集めてほしい。紙幣文化も熟してきたから、そろそろそういうボロ紙幣がそこいらじゅうに捨ててある。それを集めるんだ」
「集めてどうするんだ?」
「そうだ、そうだ」
「頭領は何て言ってるんだ?」
「?」
「もう頭領から説明することはあきらめてくれ。とにかくひとつだけ保証はできる。これはやって楽しいラケッティアリングだってことだ。まず最初にすべきは空っぽの荷馬車を六台雇うことだ」
――†――†――†――
集めたクズ紙幣は荷馬車三台分になった。
まあ、若干小さめの荷馬車だが、相当な数だ。
もし、これほどボロボロでなかったら、それなりの買い物ができる。
で、だ。北河岸通りには今回の紙幣騒動で結構な儲けをしたハッピー・ピープルがいる。
なかなかの屋敷で、玄関の扉は見事な黒紅樹製、両開き二枚扉。
「よし、皆の衆。この素敵でお高い黒紅樹の扉の前に集めてきた紙幣を積み上げるんだ」
荷台の紙幣をシャベルで掻き出し、深みのある黒の扉の前にどんどん積んでいく。
五分としないうちに扉はボロボロ紙幣の山に隠れた。
十秒と経たないうちにドアを開けようとする音がきこえてきて、「どうなってるんだ、こりゃあ!」という甲高い声がきこえてきた。それで、おれは――、
「やあ、大変そうだな。おいらはゴミ処理コンサルタントのトニー・ソプラノ。なんなら、この紙幣、おれが片づけてやろうか? お代はこの紙幣と同じだけのもっとちゃんとした紙幣でいいよ。セディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣を半分ずつ」
ビジネスライクに話しかけたのだが、ドアの向こうから返ってきたこたえは――、
「ふざけるな! お前たちが積ませたんだろうが!」
「はて、なんのことでしょう?」
「ふん! どうせすぐにクズ拾いがタダで持っていく。誰が払うか!」
「うんうん。そうだねえ。でも、もし、呪われし右腕の元傭兵が特に意味はないけど剣を振り回していて、特に意味はないけど、通行人を蹴飛ばしてもと来た道に回れ右させてたら、クズ拾いたちはどうやってここに来るんだろうね」
「このクソッタレ!」
「そんなあ。傷つくなあ。実に傷つくなあ。――おーい、傷ついた心を暖めたいから、誰か火打石貸してくれ」
「なに!? おい、何してるんだ!」
「おい、この火打石つかねえぞ」
「やめろ! やめろってば!」
「黙ってろ。もうじき火がつく」
「わかった! 払う! 払うから!」
――†――†――†――
やることはそんなに難しくない。
ハッピー・ピープルどもが拾う気にもならない低質でボロボロになった紙幣をかき集めて、カネを持っていそうなハッピー・ピープルの玄関前に全部捨てる。
大量の紙幣のせいでドアも開かないアンハッピー・ピープルに対し、おれがその捨て方をコンサルタントする。
このゴミ処理業務は基本的に処理したゴミと同程度の紙幣でもらう。
集めたゴミ紙幣を別のハッピー・ピープルの家の前に捨てて、リサイクル。
またしても、おれがその捨て方をアンハッピー・ピープルにコンサルタントしてやるわけだ。
ザ・マッチポンプ!
まあ、やってることはチンケな恐喝だけど、ここから先がちょっと違う。
報酬として受け取ったきれいな紙幣を燃やすのだ。
みんなが見ている前で。
これはセディーリャ&スヴァリスに対するラケッティアリング返しだ。




