第十九話 ラケッティア、家庭的ゴミ処理コンサルタント。
セディーリャ紙幣は大いなる謎だった。
誰でも刷ることが許され、誰も刷ることが許されなかった。
誰でも使うことができて、誰も使うことができなかった。
価値は上がっていて、価値は下がっていた。
なんでも買うことができて、なにも買うことができなかった。
ときどき、存在しているのに存在していないこともあった。
ワケが分からんのだ。この紙幣は。
それに印刷のレベルがどんどん下がってる。
セディーリャの肖像画はへのへのもへじよりも簡素化されて、裏面にS&Sとある。
S&S&Mにさせなかったあたり、マリスの理性を感じる。
そして、対抗馬のスヴァリス紙幣。
こっちはまだまだイキってる印刷水準であり、しっかりとスヴァリスの絵がのっている。
無垢でカエルの合唱に人生捧げている無敗の元帥の肖像権もまた狂気の経済政策へ飛び込んだ。
というか、これは本来、ディルランド王国で紙幣が採用されたときに刷るべき代物な気がする。
今日の朝、〈金塊亭〉の黒板を見たとき、セディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣の交換レートは3:2だった。
小皿に盛られたケッパーのオリーブオイル漬けを三粒ほど食べて、黒板を見ると、交換レートは4:7に逆転していた。
これまではインフレ紙幣の束で金持ちになった気を味わっていたカラヴァルヴァ市民はふたつの紙幣のあいだを行き来して差益をむさぼることを覚えた。
銀取引所では証拠金を置けば、その何十倍の額を大々的に取引できる、FXみたいな取引法が考案され、全財産溶かした顔したやつらがウロチョロしていることだろう。
期間を設けて差額だけの決済をするわけだが、もし証拠金以上の損失を出したら、必死こいて土下座するといい。アタマを二度三度踏まれているうちに交換レートが逆転するだろう。
さて、こんな状況でカノーリを売るのは手堅い商売だけど、なんというか、この紙切れ狂騒曲に参加しないでいるのは目の前で地元神社の例大祭にいかないみたいなもどかしさを感じる。
家にいてもきこえてくる太鼓の音とお囃子、そしてお化けのQ太郎音頭。
もうこれは家を飛び出してチョコバナナを買いに走る段階だ。
それにS&Sが用意したこの混沌のなかにはいいラケッティアリングが転がっている。
ヒントは『ソプラノズ』だ。
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『ソプラノズ』はニュージャージーのマフィアのボス、トニー・ソプラノのマフィアと家庭生活を描いた名作だ。
シーズンを進めるごとに家庭内のことよりも、マフィア的な話に傾いていったが、なかなか面白い着眼点である。
まず、いつ、どのタイミングで自分がマフィアであることを知らせるか、あるいは知られるか。
娘は直接きいたわけではないが、知っている。
インターネットのマフィアサイトに名前がしっかり載っているのだ。
息子のほうは知らなかったが、同級生の反応がちょっとおかしいことから、姉に父ちゃんがマフィアだと教えられる。
実際、盗聴されたマフィアたちの会話でも、このドラマは誉められている。
マフィアであることを大っぴらにできない時代、隠してもいずれバレるが、それにしてもこれについてはどうしたらいいか、本職の方々も結構悩んでいるのだ。
そんなソプラノズなわけだけど、悩めるパパ・マフィア、トニー・ソプラノは職業をたずねられたら、『ゴミ処理コンサルタント』とこたえている。
ゴミっていうのは死体っていうこと?とよい子のパンダのみんなは勘繰りたくなるだろうけど、普通にゴミ捨てをしている。
ゴミ収集車の収集ルートを市の入札でとってきたり。
それなりに儲かっているらしく、幹部たちがごみ収集ルートの取り合いでもめたりして、トニーが仲裁したりもしている。
トニーは売春、賭博、高利貸し、盗難車の故買、ゴミ収集、建設業、運送業者のみかじめ、道路舗装組合、八百長ストライキなど財源が多彩だが、麻薬を扱ったシーンはなかった。
それは主義の問題というよりはそんなリスキーなものに手をつけなくても、やっていけているからという感じだ。
手下のひとりがヘロイン売買に手を出したことがあるが、それは息子の大学進学でカネが必要だったからで、どうもまとまったカネが必要になったら手を出すというのがマフィアたちの麻薬に対する態度だった。
話をゴミに戻すけど、マフィアとゴミ捨ては実際、いろいろ関係があるようだ。
ナポリが街じゅうゴミだらけになったことがあったが、これはゴミ収集を牛耳るカモッラたちのべらぼうな額を市側が突っぱねて、カモッラが一切の収集をやめたせいだ。
結局、市のほうはカモッラの言い値を払い、ゴミはきれいに片づけられた。
ゴミはカネになる。
ただ、これまでカラヴァルヴァにはクズ拾いという職業があった。
果物の皮、折れた釘、埃まみれの魚の骨。
こうしたものを拾って、何かに使う。
そもそも、ファンタジー異世界では物は大切に使う。
鍋に穴が開いたら、鋳掛屋に持ち込み、布の端切れは何か小さな袋をつくるのに使う。街を歩いている人間は必ず古着を三点以上身につけている。
食べ物のクズは畑にまくし、木の切れ端は燃やす。
じゃあ、ゴミ処理コンサルタントって何の役に立つの?
ゴミならそこいらじゅうに転がっているでしょ。
S&Sの刻印食らった紙くずが。




