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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 神権政治と闇カノーリ編
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第十七話 ラケッティア、奢侈的議論拒否と新たな紙幣。

 おれがロベルティナのことを説明しようとすると、その執事は手で耳を塞いで目を閉じてアーアーと大きな声でわめいた。


 使用人の教育は非常に行き届いている。

 これではどうあってもマリスに真実を伝えることができない。


 こうしてテュロー屋敷で門前払いを食らったおれはセディーリャ紙幣を亜空間に放り込めるだけ放り込んだフレイと一緒に不動産を買いあさっている。


 アルトイネコ通りのウサギ小屋、甲冑職人街の屋根裏部屋、ミラモンテス銀行のそばの死体置き場。


 フレイの亜空間は理論上は無限に広がる第四次元のはずだが、セディーリャ紙幣でパンパンになって、いまにも破裂寸前。ギチギチという音がきこえるほどだ。


「司令。亜空間スペース利用率33,696,024%。持続単位時間内に破裂する可能性は98.55%です。取り得る対処法はふたつあります。ひとつ目はスペース占有緊急対応マニュアルに乗っ取って、スペース内圧縮を行うこと」


「ふたつ目は?」


「このバカげた紙切れをこの場で全て放出します」


「じゃあ、ふたつ目で」


 やったらスカリーゼ橋が岸から岸までセディーリャ紙幣でいっぱいになった。

 ジンバブエ・ドルもびっくり。


 何とか紙幣を掻き分けて、インフレ紙幣による溺死を回避。


 フレイの姿は見えないが、紙幣を全部吐き出す寸前、小型酸素マスクのようなものをつけていたから、まだこのインフレの海を泳いでいるはずだ。


 しかし、スカリーゼ橋がこんな状態になっても紙幣が片づくのに三十分もかからなかった。

 全てはスコップによって運び出され、約五百枚ごとに紐でくくって束にされていき、善良な市民たちの懐へ消えていった。


「フレイ、インフレのシミュレーションとかできる?」


「はい、司令」


「じゃあ、ちょっくらやってみてくれるかな?」


 フレイのシミュレーションではこのセディーリャ紙幣インフレ天国はこの世に羊皮紙を含めた紙がある限り、続くらしい。バブルが弾けたそのときはこの星から樹木と羊が消え失せて、一部の夢が忘れられない連中が鼠皮紙でしぶとく紙幣をするだろうと予測しているが、これはうまくいかないらしい。


「なんで?」


「インフレによる世界経済の破壊はそのまま食料生産率に悪影響を及ぼします。具体的にはマイナス100%。ネズミは貴重な食料として取引され、ネズミバブルが発生します」


「ネズミ講みたいな話だ」


 お金がないなら刷ればいいという極めてヤバい綱渡りをさせられているのに気づかないのは紙幣という制度そのものが多くの人々にとって目新しいからだろうか?


 だとしたら、預金証明書を普段から決算に使っている連中まで夢中になるのも変な話だ。


 結局、悪の天才セディーリャは人を期待させる何かを持っているのだ。


 スカリーゼ橋をそのまま渡って、モンキシー通りへ出ると、元帥の外套のポケットにセディーリャ紙幣をこれでもかと突っ込んだスヴァリスを見かけた。


 あのじいさん、ディルランド王国の元帥で国家を救った英雄のはずなんだけど、ほんとひとりでフラフラしてるよな。

 まあ、あの内戦がおこる前から変わり者で知られていたらしいけど。


 スヴァリスいるところにカエルあり。

 いまは冬眠の季節だが、温めた箱のなかで育てればカエルも元気に歌うだろうし、なんならカエルによく似た顔のおっさんたちを集めてもよい。以前、一度それをやっている。


 ただ、道行く人にあなたカエルに似てますね、というのはリスキーだ。


「なあ、フレイ。インフレ経済下におけるスヴァリスの行動についてライブラリをつくってみたくないか?」


「すごく興味があります。司令」


 こうして尾行することになったが、スヴァリスはあちこちで買い物をしていた。

 とはいっても、あの量の紙幣では大したものは買えない。


 折れた釘とか紙くずが精いっぱいだ。


 ワケが分からないので、急遽観察を中止。


「なにやってんの、あんた?」


「おや、来栖くんか。見ての通り買い物をしている」


「カエルの合唱に役に立つとは思えないんだけど」


「だが、この紙幣で買い物をしたら、セディーリャくんがピンクカエルを十匹用意してくれることになっている。あのテノールをきいたら、みなピンクカエルの虜だ」


「ピンクカエル? そのカエルは冬眠しないの?」


「冬眠しないよう、セディーリャ紙幣をせっせと燃やして部屋を暖めている。あれはよく燃える。実によく燃える」


「セディーリャはなんで今さら紙幣を使えなんて言うんだろ?」


「わたしにも分からない。ただ、セディーリャくんは今朝、わたしの顔が擦られた紙幣を何百枚と持ってきて、わたしのポケットに突っ込んで――」


「え?」


 ちょっと見てもいい?と言ったので、どうぞどうぞともらったセディーリャ紙幣を見る。

 それはセディーリャ紙幣ではなく、スヴァリス紙幣だった。


 紙幣のなかのスヴァリスは連戦連勝無敗の元帥らしさが見えない、ほっこりとした顔をしていて、その顔とついになっているのは声の高さごとに台の高さが違う演奏席に並んだ十二匹のカエル……。


 セディーリャは新しい紙幣を流通させるつもりらしい。

 たぶん、セディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣を喧嘩させて、暴落と暴騰を一秒単位で入れ違えに起こすつもりだ。


 相変わらず楽しいラケッティアリングをしてくれる。


「さすがセディーリャ。やることがえぐい」


「わたしはピンクカエルを都合してもらえればいい」


「まあ、肖像権の問題はクリアしてるみたいだからいいけど……あ、そうだ。スヴァリスはマリスと一緒にいるんだよね? ロベルティナに関する誤解を――」


 スヴァリスは目を閉じ、耳を塞いで言った。


「アーアーきこえなーい」

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