第十六話 スケッチ、奢侈的正業薙ぎ払い。
コーデリアの商売はさほど変わりがなかった。
彼女はカラヴァルヴァじゅうの盗品や横流し品がどこにあるのか知っていたし、〈清貧派〉が天下を取っていたころでさえ、ブツの所在地には変わりがなく、むしろ今日では泥棒も故買屋も水を得た魚のごとく仕事に励んでいる。
値上がりしているのか値下がりしているのか分からないセディーリャ紙幣を持てるだけ持って歩くのは面倒くさいが、結局、彼女にとって、政治形態はあまり重要ではなかった。
彼女にとって、大切なのは現在の状況がウィリアムの高等な詩を理解できるか否かだった。
その点考えれば、いまの状況は問題外である。
いまの詩人どもときたら、金箔の靴下を履き、五メートル以上あるスカーフで首をぐるぐる巻きにして、成金とその愛人にこびへつらったゴミ以下の詩を献じてスターダムにのし上がっている。
いっそあの激長スカーフが馬車の車輪に巻き込まれて、首がちょん切れればいいのにと思うが、悲しいことにコーデリアは金箔靴下は赤ワイン通りの緑に塗った家のドアを一回、二回、二回、二回と叩けば手に入ることを知っているし、五メートルのスカーフを取り扱っている男は現物払いも受けつけているので、セディーリャ紙幣を馬鹿みたいにたくさん持ち歩く必要がないことも知っている。
そして、その腐った詩人たちがいまのコーデリアのお得意様なのだ。
だが、腐った詩人からまき上げたカネでウィリアムを支援するのは一種の浄財とも言えた。
汚れたカネを美しい芸術に昇華するという、文学的マネーロンダリングが発動しているのだ。
来栖ミツルが知れば喜ぶことだろう。
それに金箔靴下は同じものが一日に五度、泥棒と故買屋の手を経由して手に入ったりもしている。
なんだかんだでカラヴァルヴァはカラヴァルヴァたることから逃れられないのだ、と思いながら、本日六度目の金箔靴下をヘボ詩人に売りつけるのだった。
――†――†――†――
グラムが〈サツ殴りたい病〉にかかると、〈インターホン〉と赤シャツは自分の服装や身体的特徴からサツっぽく見えるものを追い出しにかかった。
本物のサツを一匹生贄に差し出せばいいだろうという発想が許されたのは去年の暮れまで。
腐敗した革命のなかでは警吏や捕吏たちは闇パンを見逃してやるかわりにパンの八割を要求したり、金融屋たちの手先になってご褒美をもらっているうちにテュロー屋敷を借りるほどの金持ちになったのだ。
いまやサツのまわりにはおべっか使いたちが十重二十重と囲み込んでいるから、貫通力のあるパンチでも使えない限り、サツを殴ることができない。
ダミアン・ロードウェイクのような清らかでかつ腕っぷしの強いサツはいまだに市街に入れないでいて、カルヴェーレ街道で女衒をしょっ引いている。
「仕方ねえ。ポン引きで我慢するか」
富の見本市となったサン・イグレシア大通りから北へカルヴェーレ街道が伸びている。
街道沿いには古いあばら家が何軒か立っていて、みだらな音楽とみだらなあえぎ声とみだらな軋みがまだ日も高いのに盛大にきこえてきた。
「よし、いっちょやるか。一緒に来るか?」
「いや、おれはここで待ってるよ」
赤シャツも首をふった。
お気に入りのペイズリーのチョッキと棍棒を片手にグラムの姿が売春宿のスイングドアに消えると、家が丸ごと潰れそうな凄まじい打撃音と悲鳴がきこえてきた。
怒りの反社会的風紀委員と化したグラムにはヒモも女衒もポン引きも大差はなかった。
ポン引きのなかには女性をきちんと扱っているものもいるだろうが、グラムがポン引きを潰すのは女性を救い出すためではない。
〈サツ殴りたい病〉の治療のためだ。
代替薬で症状を抑えつつ、〈サツ殴りたい病〉を治癒すれば、ひょっとすると、シルヴェストロ・グラムも筋金入りのフェミニストになれるかもしれない。
――†――†――†――
シップは物資と見なされて、闇シップという奇妙な言葉が生まれた。
シップ債券が銀取引所でウェンデルンボリス商会なる貿易会社の引き受けで発行され、怪しげな手数料とべらぼうなプレミア、売り抜けの喜びと後悔、それに自殺騒ぎが二件ほどくっついてからシップ債券は百に分割されたが、それでも各債券は起債時の二倍の時価だというのだから、凄まじい。
ときどき債券所有者が〈モビィ・ディック〉にやってきて、お掃除機能で床の塵を吸い込んでいるシップを見にやってくる。
自分たちはきちんと存在するものにカネを払っていることが安心感につながっているのだが、市場経済におけるリスクは認識しているのに、クルス・ファミリーの正式組員に勝手な時価をつけることのリスクはきれいさっぱり抜け落ちているあたり、このバブルの危うさが垣間見える。
来栖ミツルはジャックとイスラントに訓示をした。
「だいたいシップは光属性の子だぞ。この素直さ、元AIという素性の良さ。それを闇扱いするとは許せん。もしトンチキ野郎がシップをさらおうとしたら、構うことはないからショットガンを使え」
「だが、オーナー。ショットガンに詰める霰弾の粒が大暴騰している」
「じゃあ、いまショットガンに装填されているのは?」
「コルク栓だ」
「うーん……まあ、いいんじゃないかな。死んでもいいけど、死ななくてもいいお仕置きなんだから」
そんなふうに話がまとまってきたそのとき、
「品がない!」
珍しくエルネストがぷりぷりして一階に降りてきた。
「まったくもって品がないよ! 道徳は? 伝統は? 技術に対する敬意は? 自分が生み出したものへの責任と愛情すらない!」
「なんだよ、エルネスト。偉くお冠だな」
「僕はこの風潮を嘆いているんだ。昔、国王の狩猟用館から一キロ離れた位置に小屋を建てるには、少なくとも三枚の偽造書類が必要だった。ところが、いまは、まったく――」
「今は何なんだ?」
「お金だよ! お金さえ出せば、それで問題が全て解決するんだ! 官僚主義が滅びたなんて信じたくないけど、今こうして僕らは書類不要の時代を生きている。これは恐ろしいことだよ。偽造書類が必要ないなんて」
「偽札でも刷れば?」
「セディーリャ紙幣のことかい? あんな粗悪な見本は見たことがない。あれを偽造するなんて自分に対する裏切りだ」
「じゃあ、どうするんだ? 少なくともいまの状況はあんたにとって不利だ」
「ストライキだ! 僕はこの風潮が収まるまで書類を偽造しない」
「どの道、誰も注文を持ち込まないんだから、結局ストライキじゃない?」
「え? いや、これは決意の問題だよ。外的圧力による完敗ではなく、自発的で戦略的な撤退だ。ところで、ジャックくん。何か一杯強いのをもらえないか?」
カルデロンの考え方はもっと単純だった。
「紙切れで幸福が贖えるのなら、それでいいじゃないか」
「でもさ、カールのとっつぁん。どうせまたバブルが弾けて、どえらいことになるのは分かってるじゃんか」
「売り抜けの夢くらい見させてあげればいい」
「セディーリャのやつ、今度こそ殺されるかもしれないな」
「彼は紙幣で自分の命を買い取るさ。問題はこの騒乱が収まった後、この尋常ではない紙切れたちをどこに処分するかだ」
「ケツふく紙にもなりゃしない」
「だが、よく燃えそうだ。しかし、これ、いま何枚流通しているのやら」
「アッタマ痛くなるよ」




