第十四話 ラケッティア、奢侈的市民生活。
最近の流行歌『バリケードなんかダサい』『あの子のお尻はいくら?』『馬車を飾り立てろ』。
貧乏人が讃美歌を唄いながら、あちこちの通りを練り歩いていたのが嘘のようだ。
革命と同時に消えた馬車たちも舞い戻ってきた。
しかもパワーアップして戻ってきた。
馬車はそいつがどれだけ金持ちであるかの指標であり、どれだけ豪勢な車に乗れているかがステータス。
追い出された馬車たちはいまでは赤いニスで仕上げた馬車が大人気でしかも馬車の後ろに大きな座席をつくって、そこに女の子を七、八人くらい乗せて大通りを走るのが粋とされているらしい。
それに街のあちこちの家にこんな貼り紙。
『晩食に冷肉。個室あり』
売春は以前よりも大っぴらになった。
ペチコートを一切排した身軽なドレスは上流階級にも流行り始め、服、髪型、しゃべり方において売春婦がモードの最先端になっている。
それに金融業者たち。
腹が出っ張って、金で出来たものを体じゅうにくっつけて、脂っぽい髪にできものだらけの顔面を持つ、これら成金紳士たちはカラヴァルヴァの外にいたものもいれば、なかで隠れていたものもいるし、革命に乗じて儲けたやつもいるが、まあ、それは重要ではない。
大切なのはそいつらがカネを持っているということなのだ。
浄化裁判所から元の民衆劇場に戻されて以降、ボックス席はラブホ状態で娼婦と客はどんな変態プレイをしたのか仲間内で自慢しあう。変態が尊敬される世のなかなのだ。
とにかく、尊敬されるのは山師、相場師、金融屋。
何もない場所からカネを出す、手品師のような人間が尊敬される。
何かに裏づけされた形でトロトロとカネを生むのは古い――つまり、それはまさにおれがやっているヤミ市のことだ。
ヤミ市は順調だ。
なんだかんだで、堕落した革命政府にもパンを空中から生み出す方法が確立されていない。
カノーリはいま銀貨十枚で取引されている。ハサミの研ぎ賃が銀貨十二枚。中古の靴下が金貨一枚。
ただ、ヤミ市で食料や衣服を売りさばくと、その十倍の金額が銀取引所で生まれて、カノーリ債券は怪しげな紙幣を巻き込みながら、時価を膨れ上がらせている。
どうもセディーリャ発案のカラヴァルヴァ紙幣はカラヴァルヴァの地中深くに眠る宝物を価値の裏付けにしているらしい。
つまり、本当に紙切れということだ。
いまもカラヴァルヴァ紙幣――いや、発案者と紙幣に乗った顔からセディーリャ紙幣と呼ばれている紙切れがおれの手元にある。
フストたちが見たら、発狂物の雑な仕事と紙質で若干斜めに印刷されていて、絵の端が切れている。
そこに載っているのはハゲカツラのセディーリャで、もみあげを逆立ちさせて、ハゲを隠そうとしているような髪型をはべらせ、善良な銀行家風に微笑んでいる。
これは本当に紙切れだ。
紙幣というのは本来、預金証明書だ。
世界レベルで支店を持つ銀行に金貨を五枚預ければ、どこの国でも金貨五枚をおろせる。
だから、金貨五枚紙幣として通用する。
だが、セディーリャ紙幣にはそんなものはない。
あるのはセディーリャの純粋で愉快な悪だけ。
セディーリャがまたカラヴァルヴァの金融スターダムになったということは現在カラヴァルヴァではカネはあぶくであればあるほど素晴らしいということになっている。
どうせ、バブル崩壊ギリギリで売り抜ければいいとでも思っているのだろう。
馬鹿な話だ。
セディーリャが巨万の富を築く目的でこの状態をつくったのであれば、売り抜けも可能かもしれないが、セディーリャはそんなつまらないもののためにラケッティアリングをする男ではない。
楽しみのためにラケッティアリングをする。
その点、おれと同じだ。
セディーリャに必要なのはここをずらかった後の旅費と新しい都市で悪だくみをするための費用だけ。
ギリギリまで儲けたいなんて考えがさらさらない。
だから、金融業者たちは売り抜けに失敗するだろう。
イヴェスにはカサレス塔の下にマットレスを重ねるよう忠告しておくか。
――†――†――†――
一番の問題はマリスがあっち陣営についていることだ。
すねてるんだ。かーわいい!
どうもロベルティナのことでちょっと思うところがあるらしい。
おれとしては誤解を解こうと思っているのだけど、おれが会いに行っても、会ってくれない。
しかなたく、ツィーヌを使者に銀取引所に派遣するんだけど……。
「そんな簡単な話じゃないんだけどな。ロベルティナのこと、言った?」
「無理よ。ロベルティナの名前を出すだけで、耳塞いでアーアーきこえなーい、ってするんだから」
「じゃあ、手紙は?」
「マリスが剣でバラバラにしちゃう」
「うーん」
ジルヴァが手を挙げる。
「どうぞ」
「……しばらく、このままでもいいと思う」
「なして?」
「マリスがラケッティアリングをする。それはマリスのためになる」
「そうとは思うけど――」
「それで、……マスターはマリスを撫でるのに使っていた時間をわたしを撫でる時間に使う」
「あ、ジルヴァずるい」




