第十三話 スケッチ、革命から奢侈へ。
この一週間のあいだに起こったことを正確に説明できるものは三人しかいない。
スヴァリスとセディーリャ、そして、マリスである。
来栖ミツルですら、わけが分からなかった。
まず一週間前、〈清貧派〉が失脚した。
正確に言うと、まだ〈清貧派〉の政権ではあるが、本気で神に仕えるつもりのトマソのような聖職者だけが失脚し、その後釜には、それこそ世界じゅうでお馴染みの腐った聖職者、天国への鍵をカネで売る連中がトップになった。
だが、その聖職者たちですら、実際は操り人形に過ぎなかった。
その操りの糸を手繰っているのは誰か? カネである。
まず、整理すると、一週間前、突然、あのアウグスト・セディーリャが銀取引所にあらわれた。
前回、彼があらわれたとき、カラヴァルヴァじゅうをマンドラゴラバブルに放り込み、大変な騒動を惹き起こした。
投機家や銀行家のなかにはセディーリャのハラワタを引きずり出してやりたいと公言するものもいたのだが、喉元過ぎれば熱さを忘れる、で、神権政治で虫の息だった金融業者たちはセディーリャが昔、どんなことを仕出かしてくれたかもきれいに忘れて、彼の言うままにカネを出した。
セディーリャは来栖ミツルのヤミ市計画を話した。
最近の異常なカノーリ配給ともつじつまがあう話であり、来栖ミツルならそのくらいのことを仕出かすと思った投機筋はセディーリャの話をきく気になった。
だが、何より話の出元がセディーリャであることが大きかった。
バブルの崩壊はとんでもない結果をもたらしたが、それでもバブルが再発するのは人がみな「このあいだのバブルではひどい目にあったが、次のバブルでは自分だけ売り抜ければいいのだ」と思ってしまうところにある。
そして、結局、もうちょっと上がるもうちょっと、と欲の皮を突っ張って、売り抜けられず、カサレス塔からジャンプするハメになる。
セディーリャはメチャクチャな経済をもたらしたが、天文学的大儲けは世のなかがメチャクチャになるくらいではないといけないのだ。
こうしてセディーリャが自分のブランドでつくったカネがエビ漁師たちのたまり場に流れ込み、数十分後には全てのエビ漁船がエスプレ川を封鎖した。
その船のひとつにはスヴァリスが乗っていた。
最初、エビ漁師たちが川をせき止めた、という噂がサンタ・カタリナ大通りの端で流れ始め、それが大聖堂にきこえるころにはスヴァリス元帥がロンドネ=ディルランド連合軍を率いて、エスプレ川をガレオン艦隊で攻め上ってきたと話が大きくなっていた。
〈清貧派〉の内部で徹底抗戦と停戦協定の派閥争いがあり、停戦派にセディーリャのカネが流れ込んだ。
それからはあっという間。
カラヴァルヴァは再び悪徳へと突っ走る準備を終えた。
セディーリャにはある確信があった。
潔癖革命は市街に清らかになるぞ運動の大行進をさせたが、一方で、この大きな社会的変動のなかでうまい具合に大金をつかんだ連中がいるはずだと。
神権政治下では貴族や大商人の財産没収が行われたが、それがきちんと行われたかどうか帳簿を確認する能力が〈清貧派〉幹部たちにあったかどうかは怪しい。なにせ労働は徳に反するというワケの分からないことを言う連中である。
世俗を嫌ったのだろうが、その結果、世俗に悪の種がまかれたことを知らない。
そんなおめでたい連中を出し抜き、品行方正なふりをして、没収した財産を懐に入れた連中がいる。
そして、派手に使われるのがあぶく銭の宿命である。
さらに都合がいいことに来栖ミツル主導で闇マーケットにてヤミ市が開かれる。
パン、肉、カノーリの値段が馬鹿みたいに上がるわけだが、現物現金主義のヤミ市に対して、セディーリャは金融先物取引主義を銀取引所で展開する。
やっていることはマンドラゴラバブルと変わらないが、今度は生活必需品が標的になったのだ。
おそらくカラヴァルヴァは世界で類を見ない物価高を味わうだろう。
だが、セディーリャはインフレをもう一押しするアイテムを考えている。
つまり、紙幣だ。




