第十話 アサシン、革命的大脱出。
「被告、アレクサンダル・スヴァリス。貴様には教会の合唱団をカエルによって構成させることを奨励した異端の罪として告訴されている。罪状を認めるか?」
「はい、裁判長。ただ、補足事項を。最近、わたしはサンショウウオにも合唱団の参加を認めました」
「つまり、異端の罪がより重くなるということだ。〈清貧派〉の綱領では合唱団の構成員は美声の少年たちであることを明記していることを知らないのか?」
「ああ。あれか。読みましたな。実に退屈な文章で、顔じゅう洗濯ばさみでつままないと寝てしまう代物でした。あれを書いた人間は一度、貴族幼年学校の基礎クラスで教育を受けなおす必要があります」
「それは〈清貧派〉に対する侮辱か?」
「いや。心からの同情です。裁判長。あなたはとてもかわいそうな存在です」
「もうよい。次、アウグスト・セディーリャ。貴様は存在そのものが反革命との告発がされている。認めるか?」
「はい、閣下。閣下がそうおっしゃるなら、わたしはいるだけで反革命です。ただ、いるだけで革命な人がいたら、是非ともわたしに見せていただきたい。というのも、わたし自身、反革命がどんなものであるのか、具体的にこたえることができないのであります。もし、閣下がいるだけで革命な人物をわたしに見せていただければ、わたしはその逆が反革命であると認識し、より強く確証をもってわたしはいるだけで反革命であると認めることができるのです。それでおききしますが、閣下は革命ですか?」
「わたしは革命だ」
「閣下は朝、コーヒーをお飲みのなりましたか?」
「飲んだが、それがなんだね?」
「わたしも飲みました。閣下のその髪は本物ですか? いえ、カツラですね。実はわたしもカツラであります。大変だ! 閣下は反革命のわたしと同じく、朝、コーヒーを飲み、カツラをかぶっている! こんなこと、言いにくいのですが、閣下は反革命なのであります」
「こいつらの首を刎ねろ! 今すぐ!」
ボクが煙幕弾仕様のフリエタ葉巻を舞台に投げなかったら、スヴァリスとセディーリャの首は胴体とバイバイすることになっていただろう。
幕に飛びついて短剣を刺して、裂きながら舞台まで降りると、スヴァリスとセディーリャの手をつかんだ。
「こっちだ! 走って!」
舞台の裏に前に一度行ったことがある。
左手に街の路地につながる出口があるのだ。
野菜くずを入れた箱が並ぶ道でキャベツの芯を蹴り飛ばしながら、廃教会まで戻る。
「ふたりとも外出禁止!」
ボクはアホふたりに言い渡す。
「そんな。外出ができなかったら、冬眠しない幻のカエルをどうやって探せばいいのか」
「わたしも困るよ、マリスくん。存在するだけで反革命なんて素敵な展開を味わえないなんて」
「わたくしは構いません。マリスさまとご一緒になれるのなら」
ボクはアホふたりに――ん? 三人いないか?
……三人いた。
あの裁判で一緒にかけられていた貴族風の女の子。
どうもあのどさくさで一緒に連れてきたみたいだ。
あちゃあ。どうしたもんかなあ。
しかも、ボクの腕にひしっとつかまっている。
「ねえ」
「はい。マリスさま」
「違ったら、自意識過剰って大笑いしてもいいけど――ボクに恋してる?」
「はい。マリスさま」
「……ボク、女の子なんだけど」
「マリスさまはユーモアのセンスもおありですのね」
「えー」
すると、スヴァリスとセディーリャが「いいじゃないか、マリスさま」「気持ちにこたえてあげなよ、マリスさま」となんか他人事感満載のいい方をしてくる。
「あのね。ボクがいなかったら、きみたちふたりとも死んでるんだよ。――まあ、いいや。マスターを呼んできて」
でも、やってきたのはロベルティナ・ペトリスだった。
「来栖くん? さっき帰ったよ」
「はあ? ボクをおいていって?」
「なんでも、曰くつきのふたりが民兵に捕まったってきいて、血相を変えてたよ」
「ああ、そういうこと」
曰くつきのふたりは、え? 曰くつきって誰のこと? みたいな顔をしている。
まあ、それはいいとしても……。
「ねえ、きみ」
「きみ、だなんて、つれないです。ティテーリアと呼んでくださいまし」
「ボクら、これから犯罪者の巣窟に帰るんだ。きみも家なり亡命先なりに行ったほうがいいよ」
「それなら大丈夫です。家は火をかけられましたわ」
なんかすごいことをきいた。
詳しくきいたら、この子、家族に置き去りにされたらしい。
家族は早速街から逃げ出したけど、家財を暴徒に好き勝手にされるのを嫌がって、この子をひとり、サン・イグレシア大通りの屋敷に残していったらしい。
「置き去りじゃん」
「でも、構いませんわ。だって、そのおかげでこうしてマリスさまに出会えたんですもの」
ボクはティテーリアを置いておいて、トラブルメーカーふたりにちょっと来いといって、ヒソヒソ話をした。
「なあ、この子、怖いよ」
「そうかね? なかなか情熱的なお嬢さんだ」
「わたしが思うに、マリスくん、たぶん浮気したら、あんな調子で殺されるんじゃないかな?」
「だから、あの子もボクも女の子だって!」
はあ……まあ、とにかくマスターを探さないと。




