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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 神権政治と闇カノーリ編
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第八話 アサシン、革命的やきもち。

 ロベルティナ・ペトリス。

 ボクと同じで剣を使うみたいだけど、向こうのはサーベル。


 サーベル、サーベル――サーベル、ねえ。ふーん。


 まあ、馬に乗って振るならいいけど、立って戦うのは微妙だよね。サーベルって。

 突き方も刃を上に向けて、下へえぐり込むようなやつしか有効じゃない。

 他の突き方をしたら、剣を弾かれてぶっすりやられる。


 それに比べたら、ボクのレイピアは自在の突き。

 伸び方も方向も足さばきで自由自在。

 弾かれてもそのまま巻いて打ち込める。


 斬るよりも突くほうがずっと心臓をやりやすい。

 ホンモノは突きだよ、突き。


「マリスちゃんも一緒だね。こんにちは」


 こらっ、なにがマリスちゃんだ!

 ボクよりも背が高くて、スタイルがよくて、歳が上で、金髪で、軽騎兵風の灰色のぴっちりしたジャケットでオッパイ大きいのが丸わかりだからって、きみにちゃん付けされる筋合いはないぞ。


「こんにちは」


 まあ、ボクは大人だ。

 心の声をそのまま駄々洩れにしたりしないのさ。

 ホンモノに求められるのは冷静さと感情の抑制なのさ。

 それどころか――、


「また会えてうれしいよ」


 こう言える。

 ふふん。ボクって大人だなあ。


「ああ。ボクもうれしいよ」


 ぎーっ! 自分のこと、ボクって言うな! ボクはボクだけだ!


「むすっ」


「あれ? 嫌われたかな、ボク?」


「あ、いや、ボクっ子枠がかぶってるだけです」


 マスターのバカ! おたんちん!


「ボク、煙草吸ってくる」


 大人はこういうとき、煙草を吸いに外に出るものだって、カルデロンが言ってた。


 フリエタ葉巻をちょこっと抜いた剣の刃で切って、硫黄の付け木で火をつける。


 うーん。紅茶の味だ。

 だって、紅茶だからね。この葉巻。


 ホンモノは体を気遣って、嘘の葉巻を吸うものなのさ。

 獲物街の屠殺場と皮なめし場から流れてくる悪臭をせっせと紅茶葉巻を吹かして、だましだましするのが大人だ。大人ってそうやって嘘をつくからね。


     ――†――†――†――


 匕首横丁は昔、どこかの物好きがカラヴァルヴァで最初に百回匕首で人が刺された通りにその名をつけるという酔狂を言い出して、ここが一番最初に匕首で百回人が刺されて選ばれたらしい。

 そのころはまだほとんど建物や家はなくて、ここからカルヴェーレ街道に出ようとした旅人が刺された人間のほとんどだ。

 当時は匕首通りと呼ばれていたらしい。


 そのうち悪徳大工が道端に立つ百人分の墓を薙ぎ倒して、安い家をつくって、匕首横丁は今のようになったんだって。


 ……たぶんこれで正解だと思う。だって、カルリエドからきいだんだもん。


〈清貧派〉の暴徒たちはここらへんでものしのし歩いている。

 男も女も老いも若きもってやつ。


 武器は斧や山刀、ときどきクジラ用の銛。

 ボロボロの庶民の服に騎士や貴族のものだった鉄兜やマントが一点豪華で悪目立ちしている。


 ただ、こうした暴徒には私戦フェーデ禁止令で貧乏になった騎士や下級貴族もいる。

 きれいな服をうまい具合に着崩して、なんとか市民同志に溶け込もうとしている。

 アライグマ毛皮の帽子をかぶった老男爵は誰かが処刑されると最初に剣をぶっすり刺しに行き、自分が貧乏人サイドの人間だとアピール。


 まあ、うまくいくといいね。


 民兵たちにとって銃は貴重で、六人にひとりがやっと火縄銃を用意できる。

 その火縄銃はたいていは女のものだ。


 略奪品の毛皮に体を包み、青いへなへなした帽子をかぶっている。

 彼女は火縄をつけたまま銃を持ち歩いているから、あの火が毛皮に燃え移って生きながらバーベキューになるのは時間の問題だろう。


 まあ、それを注意するほどボクはバカじゃないよ。

 暴徒たちは人を殺す理由を探して、ギラギラした目をあちこちに向けている。


 アマチュアの人殺しの怖いのは思考が読めないことだ。


 えー、そんなことで殺しちゃうの?って理由でいきなり殺す。


 カラヴァルヴァは罪深い街で、手足の骨を折ったくらいなら割と多いけど、人殺しはちょっと珍しい。

 ちょっと珍しいからこそ、ボクみたいな職業的殺人者が暮らしていけるわけだ。


 火縄銃を持った女と目があった。

 顔じゅうに皺を切られた老婆で後は引き金を引くだけ。


 あれ、あっちのガキんちょが持ってる、あの槍の先に刺さってる人間の頭みたいなもの、あれ、人間の頭かな?


 ああ、頭だな。

 カラヴァルヴァは腐った街だけど、あれを見逃してもらうには管轄の警吏や捕吏、下手をすると治安判事にまで賄賂を渡さないといけなくなる。


 でも、〈清貧派〉の世界では生首を槍の先に刺して練り歩くことは禁じられていないらしい。


 ちらり、と廃教会の乳しぼり場を見ると、マスターはヴェナンシオ・ペトリスと、それに、ちぇっ、ロベルティナ・ペトリスと話している。


 ふーん。

 じゃあ、ボクも勝手に出歩こうっと。

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