第六話 ラケッティア、革命的種明かし。
今日も無料でカノーリを配り、パン屋に払うカネで〈ハンギング・ガーデン〉一週間分のアガリを吹っ飛ばしに行くわけだが、その途上で、非常によい兆候が見られた。
「マスター、あれ、許せない!」
「おれもです! ひどいです!」
ツィーヌとヴォンモが何を騒いでいるかというと、なんとおれが昨日配ったカノーリが半分だけ食われて道端に捨てられていたのだ。
「あれはいいんだ。むしろ、ああなるだろうと思ってたし」
「捨てた犯人を見つけて、ボコボコにしてやりたい」
「ボコボコもハチャメチャもなしだ。あのままにしておけ。それともうちょっと根性キメておいたほうがいいぞ。日が過ぎるほど、ああやって捨てられるカノーリは増えるから。
カノーリ配って七日間。
つまり、〈ハンギング・ガーデン〉七週間分のアガリが吹っ飛んだわけだが、見てくれ。
どの道にもカノーリが捨てられている。
個体差はあるが、みなひと口かじったくらいで捨てられている。
〈清貧派〉の神権政治は不道徳な本を焼く焚書週間で、食べ物を粗末にするという最高の不道徳に目もやらない。
口の驕った貴族どもを舌鋒でぶち刺してきたはずなのになあ。
さて、カノーリ配給だが、飽きたらしくて、初日の地獄はもうなくなった。
もらうのにちゃんとお行儀よく並んでいるし、カノーリで測られる男の甲斐性がめぐる悲劇もなくなった。
もう、このころにはカノーリはもらえて当たり前の完全配給食。戦闘糧食になった。
そろそろだな。
カノーリが当たり前になり、クルス・ファミリーの面々は謎の無料配給とそれに続く捨てられたカノーリにプッツン寸前だ。
そろそろ『カノーリがなければ闇カノーリを食べればいいのよ計画』を発動させるときがきた。
タイヤ屋の兄弟は無料でガイドブックを配り、粗末に扱われた。
それはカノーリも同じことで、カネで買ったカノーリとタダでもらったカノーリならカネで買ったカノーリのほうが大事にされるし計画的に消費される。
朝、半分食べて、残りはお昼に食べようとか。
だが、タダでもらえるカノーリは、またもらえるんだからいま全部食べちゃえ、いや、もう飽きたから捨てちゃえ、とされる。
カラヴァルヴァ市民諸君の悪徳に食べ物を粗末にするという悪徳が付加された。
経済的な理由でなかなか獲得できなかった悪徳だが、今回、クルス・ファミリーのわくわくカノーリ配給によりゲットに至る。
とりあえず、カノーリを粗末にさせることで他の食べ物にもその粗末を波及させ、そして、おれたちがやっているカノーリ配給を〈清貧派〉評議会の行ったこととして宣伝させる。
これにはガールズたちだけでなくジャックやイスラントあたりからも名声の横取りに頭に来ているようだが、でも、カノーリの配給が聖職者たちの仕業ってことになれば、当然、今後の食料確保に聖職者たちが責任を持つということになる。
表向きお菓子屋とパン屋は無料カノーリのために破産して夜逃げしたことにし、おれたちのテリトリーで闇カノーリをつくる。
この値段はそうだなあ。
以前、一個銅貨十枚で売ってたから、銀貨十枚で流通させようか?
金貨十枚に値上がりするのはいつかなあ。
他にもクルス・ファミリーの息がかかっている肉屋や料理屋にも同じことをさせる。
それで〈清貧派〉はいつまでもつかなあ。アハハ。
私有財産や産業の保護なんてものをまったく認めず、労働の価値すらNGの神権国家だから、きっと食料以外の品物も同じように枯渇するだろう。
というより、食料や生活必需品が風や土から勝手にできてくると思っている節がある。
まあ、もちろんこの世界、風のなかから精霊の力を抽出する魔法があるし、土から必要な要素を取る錬金術もある。
でも、水をワインに変えたケースはきいたことがない。
だから、神権政治下のカラヴァルヴァは強烈なパン不足を味わう。
すると、大きなヤミ市が出来上がる。
場所はグタルト通りのブラック・マーケット。
ヤミ市するなら持ってこいだし、カラベラス街に臨時のパン窯などの製造拠点をつくれる。
ブラック・マーケットは基本的にフリーテリトリーだけど、〈フライング・パンケーキ・モンスター〉があるから、そこを拠点にヤミ物資の販売を展開できる。
的屋組織であるサンタ・カタリナ連合会とも連携して、ヤミ物資の流通を助けてもらい、さらなる利益をゲット。
もちろん〈清貧派〉は物資を三分の一の価格で売れとガミガミ法律つきで言ってくるだろうが、そのくらいのことをしてくれないとこっちも張り合いがない。
ヤミ市にとって恐ろしいのは自分たちの売り物が合法化されることなんだから。




