第一話 ラケッティア、革命的市街。
一夜明けると、カラヴァルヴァは革命的宗教都市に生まれ変わっていた。
〈清貧派〉の象徴は青い旗でそれがあちこちの家々からパタパタしている。
路地という路地には青い旗を先頭にした十人くらいの革命防衛隊なる連中がのし歩いているのだが、こいつらにはそろいの軍服なんぞない。
鍛冶屋の前掛け、行商人の脚絆、粉屋のシャツと本来の職業に影響されたものを着ている一方で、鉄兜や鋼の剣、それに火縄銃と弾薬入れなど軍隊の倉庫からかっぱらったと思しきものも持っている。
〈清貧派〉の行列はロデリク・デ・レオン街やサン・イグレシア大通りを練り歩いているらしく、そこで唄われる歌詞は『やつらに目にもの見せてやれ』『やつらのハラワタ引きずり出せ』と清く正しいものだ。
おかげで金持ちや貴族たち上級国民はこの『やつら』と見なされないために無料のスープをふるまい、このあいだまでは存在すら知らなかった一般庶民と肩を並べて味のない火酒を飲んだりして〈清貧派〉として世間に自分を売り込んでいる。
まあ、こんな状況がいつまでも続くとは思っていないから、権力を取り戻した暁にはめちゃくちゃな目に遭わせてやろう、だからひとまずここは相手に頭を下げて命をつなげようという下心が見え見えだ。
さて、こんなときラケッティアはどうするか?
とりあえず腕っぷしの強いやつをふたつの拠点に派遣する。
パン屋ギルドと肉屋ギルドだ。
普段から王国の役人とはパンと肉の供給について細心の注意を払ったやり取りがなされている。
パンと肉が食卓に乗らず、飢えたそのとき民衆は暴動を起こす。
もちろん〈清貧派〉政府もこれについては同じだ。
一部の狂信者たちは知らないだろうが、祈っても腹はふくれない。
昼を過ぎるころには早速、〈清貧派〉からパンと肉の供給についてヴィンチェンゾ・クルスと話したいことがある、とお呼びがかかった。
こんなことは絶対にあるだろうと思い、マリスとアレンカとツィーヌとジルヴァがアサシンウェア姿で感情のない非情のアサシンモードでお待ちかねだ。
やつらの使いがやってくる少し前から、そんな感じなので、アレンカが、
「マスター、お客さまがお見えになりました」
なんて、言っちゃってるあたり、昨日の晩、お箸の持ち方でムムッと言ったのと同じ子とは思えないわけですよ。
そういうギャップがまたかわいいわけですよ。
とりあえず、おれら五人はサン・イグレシア大通りのどんづまりの女神の大聖堂に行くことになった。
カラヴァルヴァで最も大きな宗教施設だから〈清貧派〉が抑えるのも当然。
ところで、話がそれるが、清貧革命が起こるなり真っ先に消えたものがある。
馬車だ。
辻馬車から貴族用のベルリーヌ馬車まで、全ての箱馬車が没収を恐れて、市外へ逃げた。
だから、清貧政府がおれたちを運ぶために藁を敷いた荷馬車を持ってきた。
フランス革命の死刑囚もこんな感じの荷馬車に乗っていったのだ。
さて、革命が街の美観にどんな影響を与えたかを見ると、なるほど、街は無政府状態だった。
金持ちの家からかっぱらった大きな燭台を体全体で抱え持った老婆。
ラードの樽に素っ裸で浸かっている男。
石と家具と肖像画で道をせき止めるバリケード。
五人に三人が少年からなる市民火縄銃隊。
役人の別宅から机や椅子が二階の窓から景気よく放り捨てられる路地。
アライグマの帽子をかぶった老人が血に濡れた短刀を振りかざす。
それにあちこちにいる演説家。
のちに〈果物野郎〉とあだ名されるのだが、その由来は果物が入っていた箱の上に乗っかって、打倒××と怒鳴り散らすことから来ている。
数多の〈果物野郎〉とその聴衆を避けながら、荷馬車はサンタ・カタリナ大通りを西へ進んでいく。
銀取引所は略奪品の一大取引所になっていた。
〈清貧派〉は空気を読んだのか、それとも目が見えてないのか、こうした略奪行為を規制しようとしない。
みんなの嫌われものである徴税請負人が生きたまま焼かれていることもよしとしている。
その焚火のまわりできれいなズボンや上着を自分の着ているボロの代わりにしようとしているということは徴税請負人は素っ裸で焼かれたということだ。
アルトイネコ通りでは貴族の厩舎から奪った若い馬で通りを端から端へと全速力で走るやつがいて、そいつが小さな女の子を馬蹄にかけた。
すると、火縄銃が何十発と発射され、しばらく何も見えなかった。
さて、おれが気になるのはこんな状況で治安裁判所はどうしているのかということだ。
外から見た限り、クロスボウを持った民兵が出入口や時計台のそばのベランダにいて、汚職警吏は追放されたようだ。
イヴェスはまだ残っているのかどうか知りたかった。
秩序第一のイヴェスからすれば、現在の状況は耐え難いものに違いない。
サン・イグレシア大通りはカラヴァルヴァでも最高の邸宅街で、あのガルムディア帝国のバカ王子のヴォルステッドが住んでいて、他にもクレオが誰か消すときに借りてるテュロー屋敷がある。
予想した通り、全ての屋敷の主は市外に追放され、邸宅は〈清貧派〉政府の大蔵省や内務省になっていた。
私有財産の概念を蹴散らすのはさぞ楽しかろう。
貴族の持ち物をかっぱらう人びとの顔を見よ。
なんと快活さに満ちた顔をしているんだろう。
お呼ばれ中のマフィアのボスじゃなかったら、おれも一緒にかっぱらったところだ。
さて、この革命は数人の聖職者が主導している。
この街では聖職売買が当たり前だったし、司教どもはセックス中毒、だから〈清貧派〉は庶民たちには素晴らしいものに見えたことだろう。
庶民たちの鬱憤と天国への両賭け思考がこうして大騒ぎを引き起こしたわけだ。
「まあ、潰れるのにそんなに時間はかからない」
「どうして?」
ひそひそとツィーヌに話す。
「あの豪華な屋敷を見てくれ。あれを速攻で焼くのなら革命はいよいよヤバいものになるが、そのかわりに革命政府の役人が仕事場に使ってる。いくら平等平等と言っても、あんな家で働いてたら、どうしても自分がそのへんのルンペンよりも偉いと思っちまう。それにパンの問題もある」
「パン?」
「やつらは定価を払うつもりはない。半額くらいの公定価格を設定して、これでパンを供給しろと言ってくる」
すると、マリスとジルヴァが割り込んでくる。
「ふふん。そこでボクらの出番」
「……誰を殺せばいい?」
「せっかくだが、誰も殺さない。計画は考えてある」
「残念」
「でも、誰か殺したくなったら、すぐに言ってよね」
「うん。頼りにしてる」
馭者が手綱を引いたので、おれたちは倒れそうになった。
革命は馭者の運転を確実に荒いものに変えていく。それを注意する役人がいないのだ。
女神の大聖堂が天上の神のケツを貫くつもりか針のような尖塔と装飾をいくつも伸ばしている。
「さあて、行きますか」
〈清貧派〉とやら。
おれの初ラケッティアリングはお前に決めたぜ。




