第十六話 ラケッティア、午後九時。
面倒ごとが転がり込む、という言葉は外からの厄災襲来を意味する。
逆に面倒ごとが内部から発生した場合、獅子身中の虫という言葉があるが、これは少々きつい言葉だ。
面倒ごとに対して、「ま~た厄介なものが転がりこんできたな」と言えば、腐れ縁的ニュアンスのおかげで、やれやれコマッタコマッタができる。
だが、面倒ごとに対して、「貴様は獅子身中の虫である!」と言ったら、そいつとの仲は終わるし、死ね殺せの事態に陥るかもしれない。
韓非子も言ってる。
難しい言葉を覚えてひけらかしたいのは結構だが、つかうタイミング考えろ馬鹿、と。
いや、言ってないかもしれないけど、これは真実だ。
だから、面倒ごとが転がり込むの内部版として新しい言い回しをつくりたい。
面倒ごとがあふれ出す、とか。
――†――†――†――
おれとカールのとっつぁんが帰ってきたとき、あふれ出していたわけですよ。面倒ごとが。
「おれはココナッツ・マンだ! お前、その一とお前その二の頭をかちわってやる!」
ヴォンモの闇魔法が全部解放され、そこいらじゅう青い顔した猫背の暗殺部隊とココナッツ・マンとカテドラルのカっちゃんでいっぱいになっていた。
「モレッティ! モレッティはどこだ!」
悪魔の名前を呼ぶ。これだけで異端審問ものだが、それどころではない。
モレッティは〈モビィ・ディック〉のカウンターでナッツを食べながら、ジン・アンド・ビターズを飲んでいた。
「これはどういうことだ!」
「年末の挨拶だよ」
突如あふれ出した闇魔法メンバーのために、うちのメイドガイたちがどうなったか気になってざっと見てみると、すっかり酒の入ったエルネストは暗殺部隊相手に〈八十分できみにもできる! 誰にも文句を言われないマーダー・ライセンスの書き方〉を講義している。
ジャックは相手をお客さまと見なして、プロのバーテンダーとして、おもてなしし、トキマルとジンパチの忍者チームは手鉤を使って天井に逃れ、その下では学級委員的な役割を押しつけられたイスラントが「天井に傷をつけるんじゃない!」とわめいていた。
〈インターホン〉みたいにでかいから見失わないのもいれば、ジルヴァとフレイと赤シャツみたいに行方不明になってしまったやつもいるし、クリストフみたいに人込みの沼から右手だけを伸ばし、その右手までもがずぶずぶ沈んでいくターミネーター2のラストシーンみたいなのもいる。
姿は見えないが、マリスとディアナとロムノスの剣術一番組たちがココナッツ・マンの挑戦を受けて、刃を交える音がきこえるし、ウェティアとフェリスが急遽観光会社を立ち上げ、暗殺部隊の面々を死の部屋へと案内したのだが、ターゲットをバラバラのミンチにできる連中は帰ってくると、ただでさえ青い顔をさらに青くしていた。
ヴォンモはどこにいるんだろう?と探していると、二階のサンルームにいた。
多くの暗殺部隊がひれ伏した真ん中で、たぶん全闇魔法を開放した疲労で眠っていた。
なんだろう、紅白全部見るって言ってた子がいつの間にか眠っているような可愛さがある。
「幼女を讃えよーっ」
「讃えよーっ、でやんすっ」
……自販機が司祭になって変な儀式を敢行してなければ、もっと微笑ましくなるのに。
「ビバ、幼女ーっ」
「ビバっ、でやんすっ」
「おい、自販機」
「なんですか、異教徒」
「外が宗教革命の真っ最中なのに新興宗教作るんじゃない」
「わたしたちはヴォンモちゅわんの尊さを讃えているだけです。あれえ? ひょっとして、あなた、ヴォンモちゅわんが尊くないんですかあ?」
「尊い。尊いからこそ、そっとしてやれ」
「シッ、静かに」
「あ?」
皆が黙る。おれも黙る。
ヴォンモは寝たまま笑い、喉を小さく鳴らすと、横になり、体を丸めた。
「ひーっ、尊いーっ」
「尊いでやんすーっ」
「これでアレンカの姐御もいれば尊さ百倍でやんす」
「信徒たちよ。アレンカちゅわんを探すのだ。それで円環は完成する」
「探せ探せーっ、でやんすっ」
その後、中島みゆきの歌みたいに人混みの揉まれに揉まれ、逆さになったり、誰かの足を踏んだり踏まれたりした後、気づくと、おれはフレイとアレンカと一緒に〈ちびのニコラス〉の外に放り出されていた。
「た、助かったのです」
アレンカはほっと(平らな)胸を撫でおろす。
「むーっ! 平らな、が余計なのです!」
「ごめん、ごめん」
「司令。戦略データベースによるシミュレーションにより、現時点での〈ちびのニコラス〉への突入は成功確率が極めて低く、まずは補給を受ける必要があります」
「つまり?」
「何か食べに行きましょう」
「そうだなあ。なんか夜食が食べたい気分になってきたしな。ああ、体重計に乗るのが怖い。さて、大晦日の夜食と言えば、――あれしかないな」




