第十四話 ラケッティア、午後七時。
シップがフェリスからもらった謎の爆発物問題を残して歳を越したくなかったので、全部、空にぶっ放すことにした。
ボボーン!と空が七色に燃え上がる。
「うぇ~てぃや~」
ドドーン!
「ふぇ~りす~……よし、今年の最後の懸案事項も片づいた」
一年間、イドも〈石鹸〉もさばかずにファミリーを維持し、一年最後の日には他のファミリーの儀式的な殺人に立ち会い、命令したのだから、爆発オチなんてこと、神さまが許さない。
食堂に戻ると、マリスとウェティアとグラムがほんの数十分でつくった十本のワインボトルでボーリングを始めて、明らかに酒が利いているロムノスがカツラ釣りがしたいと言って、窓から釣り糸を垂らし、ロムノスが面倒みているエレンとエミールの姉弟がお互い寄りかかり合って眠っている。
エルネストが『三十分で分かる! 国営商品券を偽造しちゃおう』企画にフレイが付き合わされ、記憶媒体が容量オーバーですと言うも、楽天家のエルネストはなぜかオーバーという言葉が素晴らしい意味合いで使われていると思って、ますます盛んになり、次弾として『二時間でマスター! 貴族証明書の丸写し』を装填している。
アレンカとヴォンモがぴよぴよ語なる言語で話すゲームをしている。その天井からミミちゃんがミッションインポッシブルみたいにロープと滑車でじりじり下がっている。
カールのとっつぁんが〈モビィ・ディック〉でかなり薄めた〈命の水〉をちびちびやっていた。
「まだ酔っ払うわけにはいかんからね」
「そろそろ来ると思うから」
――†――†――†――
何が来るかって?
聖院騎士団ですよ。
ファミリーのトップがひとり殺されたのだから、各ファミリーのトップにお呼びがかかる。
川の向こうの騎士団本部まで連れていかれるが、とはいっても、そこまで激しくない。
任意だし、弁護士同伴。
辛いのは散々ケーキだのローストチキンだのを食った後にドン・ヴィンチェンゾになると、胃がムカムカしてきて、どよんとしてくること。
年寄りに油物はこたえる。
「犯人は見ていないのか?」
ちらりと横に座るカールのとっつぁんを見る。
カールのとっつぁんが小さくうなずく。
「見ていない。ちょうどトイレを借りていて、裏庭にいた」
「被害者が誰かに狙われているとか、そう言ったことを話していなかったか?」
尋問を担当するのはアストリット騎士判事補。
ディアナとおれおまえの仲だけに結構厳しい。
サラザルガの集団手入れのときはガエタノ・ケレルマンをドロップキックと正拳突きでぶっ倒した御仁だ。
さて、アストリットの質問に対して、おれはまたカールのとっつぁんをちらりと見る。
小さくうなずく。
「ドン・ジョヴァンニが誰に狙われていたなんて知るわけがない。彼のように高潔で市の発展に尽くした人物がああした最期を迎えたことは悲しいことだ」
聖院騎士団は起訴寸前まで持ち込んでいたし、病気のことを知っている。
それをわざわざおれに言うほど、下手は打たないだろう。
言っても無駄なことをわざわざ言ったりする相手じゃない。
「跡目を継ぐのが誰になるか知っているか?」
カールのとっつぁんをちらりと見る。
うなずく。
「さあ。それはレリャ=レイエス商会の身内のことだから知らないね」
「ヴェナンシオ・ペトリスだ。知っているか?」
カールのとっつぁんをちらりと見る。
うなずく。
「知っている」
アストリットはうんざりしてきている。
そりゃそうだ。
ここに来て以来、住所氏名から今日の朝食ったメシまで、何でもこたえるとき、さも法的助言を求めるようにカールのとっつぁんをちらりと見てきたのだ。
まあ、心理作戦というか、これを繰り返すと相手がうんざりしてくると同時に任意の事情聴取だから、どんな質問をしたら、カールのとっつぁんが首を横にふるかが気になってくる。横にふったら、情報はもう取れず、聴取は終了する。
「市内での出来事をどう思う?」
カールのとっつぁんをちらりと見て、うなずかれてからたずねた。
「それはやたらと目をぎらつかせてたいまつ片手に走り回るカタギたちのことかね?」
「そうだ」
カールのとっつぁんをちらりと見る。
カールのとっつぁんは首を横にふった。
「極めて危険な連中だよ。普段、釣銭をごまかす以上の罪を犯したことのないカタギが目の色変えて、走り回る。これは宗教が関わっている。そう思う。そっちのほうが詳しいんじゃないかね?」
しばらく黙っていたが、アストリットは重い口を開く。
「精霊の女神教会の〈清貧派〉が年明け一日に異端とされる。異端審問官の手を離れて枢機卿会議での決定だ」
なるほど。
あの夜中の来訪者は恐らく、清貧派に対する反対勢力の貴族か何かで、極めて危険なカタギたちは信者、カラヴァルヴァを舞台に流血沙汰を仕出かすつもりか。
罪の街カラヴァルヴァが一夜にして清貧の街に変わるのは信じがたいが、むしろ清貧派からしたら、こんな街のほうが改心させやすいのかもしれない。
なんせここの住人ときたら、あんまり悪徳が過ぎて、ときどき本気で天罰が下るんじゃないかと震えるほど心配している。
おれはあったことはないし、チート能力ももらったことはないが、精霊の女神は間違いなく存在しているし、その天罰もまた落ちるときには落ちるだろう。
もし、この天罰を恐れる瞬間と自分たちのクソみたいな生活に対する不満が合体したら、そりゃちょっとした騒動が起きる。
それは革命と言ってもいいかもしれない。
これについて何か言ってやろうと思ったが、カールのとっつぁんは首をふった。
もう取り調べを打ちきれ、酒飲みたい、の印だ。
「では、失礼。アストリット騎士判事補殿。これは任意の事情聴取だし、わしにはあなたの仕事がとびきり楽になる助言はしてあげられない。ただ、年末もお勤めとは深く同情する。では」




