第十話 ラケッティア、午後三時。
「おい、ケーキはまだか?」
黒のジョヴァンニが給仕にたずねる。
「申し訳ございません。ドン・ジョヴァンニ」
そう言いながら、おれのほうをちらりと見る。
おれ――ドン・ヴィンチェンゾは小さくうなずいた。
これで黒のジョヴァンニは一度の注文で三つ目のケーキを平らげたことになる。
目の下にひどい色のクマが出来ていて、げっそりと痩せている。
「これだよ、ドン・ヴィンチェンゾ。ケーキもろくにやってこない。トラブルばかりだ」
「〈聖アンジュリンの子ら〉かね?」
「お決まりの取り調べだよ」
お決まりではない。やつらは起訴に必要な証拠を固めている。
黒のジョヴァンニはまたアゴスト・アゴスティアノの話を始めた。
アゴスティアノに貸したカネのことだ。
おれが旅行中にアゴスティアノは粛清された。
やったのはクレオたちで、その命令の出元は黒のジョヴァンニだ。
つまり、ジョヴァンニは貸したカネが回収できないから、アゴスティアノを殺したのだが、そのことをすっかり忘れていて、おまけにその殺しを自前じゃなくて、クレオに外注したことも忘れている。
「どいつもこいつも厄ネタを持ち込む。カネがない。殺してほしいやつがいる。監獄から救ってほしい。まるで、おれが伝説の魔法使いか何かみたいにな。樽はあるのにワインがない。そんなことばかりだ。そっちはどうだね、ドン・ヴィンチェンゾ?」
「似たようなもんだよ。だが、仕方ない。みな頼れる場所が他にないんだ」
「じゃあ、おれたちみたいな男は誰を頼ればいいのやら。分かってるさ。自分で何をすればいいか分かってる。分かってるんだよ。――おい、ケーキはまだなのか?」
レリャ=レイエス商会はナンバー2のヴェナンシオ・ペトリスが継ぐことで決まっている。
これは幹部会と他のファミリーからの同意を得てのことだ。
黒のジョヴァンニへの最敬礼として、即死、殺し屋の影を少しも見せない、顔を撃たないことが決まっていた。そして、それができるのはシャンガレオンということになった。
自前の殺し屋じゃなくて、うちにふるのは全ファミリーが同意した殺しだというメッセージだ。
何年か前に病気持ちの娼婦とやった報いがこれだ。
ペニシリンがあれば、解決したことだ。
「ドン・ジョヴァンニ。あんたは責任のある男だし、その責任から逃げることは決してなかった。それは皆が知っている。危機にあって怯みもせず、道理を通した。あんたの商売のおかげで年末に路頭に迷わずに済んだ人間は大勢いる。あんたは尊敬される男だ」
「あんたにそう言われるとうれしいよ。ドン・ヴィンチェンゾ。それにしてもケーキはまだ来ないのか?」
好きなだけ食べさせればいいと前もって伝えてある。
好きなものを好きなだけ食べるくらいのことは許されるほどのことだ。
フェリペ・デル・ロゴスともめたこともあるが、黒のジョヴァンニはここぞというときに信じられる男だ。
こんな結末は残念だし、納得がいかない。
ただ、もうポーションも治療師の魔法も効かない。
「ちょっとトイレに行ってくる」
「ああ」
この白ワイン通りの店は黒のジョヴァンニのお気に入りだが、そのことすら忘れている。
裏庭の便所のそばで一分待つ。
店で騒ぎになる。
戻ったとき、心臓のある位置に真っ赤な穴を開けた黒のジョヴァンニが椅子に座ったまま死んでいた。




