第八話 ラケッティア、午後一時。
闇マーケットにあるリサークの店では先客がひとり。
オルギン商会のアサシンで十九歳かそこら。
褐色の肌に白い髪、そしてハイライトのない死んだ魚の眼。
カサンドラ・バインテミリャはどこでこうした〈死んだも同然くん〉を見つけてくるんだろう。
リサーク製のアサシンウェアをまとった死んだも同然くんは鏡の前に立ち、それをリサークが説明する。
「フードとケープはイースト・アイラ産の羊毛をフェルト仕立てです。赤核のゼラチンを溶かした熱湯に三日間つけてあるので、火属性の攻撃の、そうですね、ドラゴンブレスに三秒はもちます。胴衣とズボンは体型に合わせて、シルエットが引き立ちます。もちろん黒鉄のポーションで仕上げです。四肢の動きを妨げないウーツ織、胸甲の素材はダンジョン十階層以降の昆虫系の魔物から採取された殻を一度粉砕し、金属錬成剤で再結合させたものです。一点に集中したダメージを分散させるので、衝撃による内臓へのダメージはほぼありません。そして、もちろん素材はシルクです」
死んだも同然くんが帰ると、リサークはいい仕事をした喜びにでも浸っているのかありがたいことにおれに気づかなかった。
くそっ、妹ちゃんがいなかったら、絶対に逃げていた。
どうせ気づかれるんだから、たまにはこっちから話しかけるか。
「よお、リサーク」
「ああ、我が愛しの人」
「年末も仕事?」
「ええ」
「カネに詰まってる? 執事いないけど?」
「ああ。セバスチャンは年末と年始の里帰りです。それと仕事ですが――お分かりでしょう?」
「なにが?」
「愛に飢える身の痛みを忘れるために仕事に打ち込んでいるのです。ですが、もし、この心に思いたる愛が叶うなら、今すぐにでも――」
「大晦日も仕事、いいね! おれがいた国のスバラシイ格言を教えてやろう。『二十四時間働けますか?』」
「そのつれなさすらも愛らしい。さて、そちらのお嬢さんのウェアですね。出来上がっています。あちらの更衣室に用意してありますよ」
それでは、兄者、来栖殿、と何か気恥ずかしそうに更衣室に入る。
「妹ちゃん、ほんとにお前の妹なの?」
「当たり前でしょ。双子だし。顔、同じだし」
「これって、もしかしてプレゼント?」
ムッとする。
「だったら?」
「なんだよ、ちゃんと兄貴してんじゃん。あ、どーでも、とは言わないほうがいいぞ。言ったら、妹ちゃんに言っちゃうよ。妹ちゃんのこと、トキマルはどうでもいいんだって、て」
「頭領、ほんと悪者」
「お前なあ、おれと何年いっしょにいるんだよ」
「頭領はそういう悪には手を染めない」
「そうでもないぞ。この後、イヴェスの家にいって、病気のギデオンをおちょくりにいく」
「それはおれも行きたい」
「やめとけ。面白いには違いないが、妹ちゃんとの年末の時間を割くほどの価値はない。ああ、おれにもかわいくて真っ直ぐな妹ちゃんがいればなあ。でも、いないから、しょうがないよねえ。ギデオンをお見舞いに行ってあげなきゃねえ。トウガラシ・パイ、お見舞い申し上げます。ギャハハ」
「でも、頭領、三時から会食でしょ」
「うん。行くとしたら、その後だな」
会食。相手は黒のジョヴァンニ。
気が重い。これは慈悲の一撃だ。
兄者、と更衣室から声。
着替え終わったらしい。
さあ、妹ちゃんのアサシンウェア姿がオープンされる。
「どうだろう、兄者? 合っているか?」
おれとトキマルの口があんぐり開きっぱなしになる。
そのアサシンウェア、見覚えがあった。
視覚を惑わせる青い金属質の全身を覆うタイプ、腿まであるライディング風のブーツ、フェイスマスク、利き手の籠手は無属性攻撃耐性のチェーンステッチで仕上げたミスリル、隠密の暗殺もできるが、前腕には大きな刃を固定するための仕掛けがあり、ここにギロチンみたいな刃をつければ、大量殺戮もお手の物。
間違いない。
ジャックが同じものをリサークに仕立ててもらっていた。
「あのさ、妹ちゃん……もしかして、ジャックが仕事するの、見た?」
「あ、それは――」
と、言いかけ、もじもじしてから、頬を赤らめて、うなずいた。




