第五話 ラケッティア、午前十時。
〈ラ・シウダデーリャ〉の一階にある酒場にはグラムと〈インターホン〉がいつもたまっているのだが、ここに赤シャツが加わった。
ふたりから三人に増えたことで、暇つぶしにできるゲームが増えたということだ。
一度、グラムと〈インターホン〉が後先考えずにトランプでダウトをやって止まらなくなり、ふたりともスタミナの塊みたいなもんだから、三日間連続でダウトダウト言い合ってた。
さて、これまで三人でやりたかったが、できなかったゲームに〈モラ〉というゲームがある。
ルールは簡単でふたりのうち、ひとりが奇数、もうひとりが偶数を司り、指を開いて、テーブルに叩きつける。ふたりの指の数の合計が奇数なら奇数プレイヤーが、偶数なら偶数プレイヤーが勝ち。
出した指の数が点数として加算される。ただし、自分が獲得する点数を口にして出さないといけない。
間違えたら得点なしである。二十五回勝負して合計を競う。
ちなみに高得点が期待される五本指はひと勝負三回までしか使えない。
それ以上使ったら、五点マイナスなのでペナルティが厳しい。
簡単なんだか難しいんだが分からないが、このゲームの問題はスピードだ。
勝負が終わるたびに点数をかいていては無様。
そんなものは子どものやることで大人は超スピードで勝負する。
「5! 8! 3! 2!」といい歳こいた大人たちが早口で叫びながら、指を立てて出していく様は超高速ジャンケン。
そして、ここに三人目の戦士が登場する。
つまり、ふたりの得点を記録する係が必要なのだ。
それもスピーディなゲームについていける目と得点の激しいやり取りを記憶できる脳みそが必要なのだ。
おれが〈ラ・シウダデーリャ〉に寄ったときは三人とも殺気立っていて、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。
サアベドラですら話しかけられないのだから、話しかけられる人類はこの星には――ひらべったい星には――存在しない。
「でも、二十五回で終わりだろ?」
サアベドラは首をふった。
「二千五百回よ」
「はあ!? 自分たちのスタミナ過信するのは結構だけど、二千五百回って一回一秒でも、えーと、四十分以上じゃん」
「そうね」
「終わったら、わたしと高速ジャンケンどっちが大事なの?ってきいてもいいと思うよ」
「高速ジャンケンって言われたら怖いからきかない」
サアベドラにも恐れるものがあったとは。
「いやいやいや、そこはサアベドラって言うはずだから」
「そうかもしれないけど――」
恋人との年末デートをパアにしてまで、この超高速餅つきに価値が見いだせない。
あ、そうだ。
「サアベドラ、頼むから兄ちゃんにガールフレンドつくるように言ってよ」
「無理だと思う」
「そんなこと言わずに」
「わたしには関係ないから」
ときどき、サアベドラの兄貴がヨシュアであることを忘れそうになる。
この兄妹はお互いにとてもドライだ。
――†――†――†――
この世は万人の万人に対する闘争であると言った人がいた。
その人は世界をデカい蛇にくれてやれと言ったそうな。
自分の事務用机に読んだり書いたりカネを払ったりしなければいけない書類やら手紙やらがごちゃっとしているのを見ると、この世は万人のおれひとりに対する闘争なんじゃないかと思えてくる。
年末の仕事おさめで来年やればいいやとほっぱりだしたのであるが、三日前にほっぽりだしたときよりも明らかに増えている。
書類は無性生殖する。
手紙のなかには三日前にやったクルス・ファミリー主催の七面鳥配りで孤児院の子どもたちからのありがとう手紙もある。
だが、ほとんどは請求書だ。
なかには使った覚えのない請求書まである。
だが、エルネストに見てもらうと、正当な出費なのだ。
マフィアのカネをつまんで、ケツの穴に二十ドル札を突っ込まれて死体になった例はたくさんある。
ときどきマンガやアニメには死ぬまで苦しむ終身刑的罰を与えるケースがあるが、マフィアにはない。
だって、終身刑であっても生きている限り、相手には復讐の機会も生き続ける。
いずれ仕返しに来るだろうから、とっとと殺しちまえ、というのが理屈だ。
ゴッドファーザー・パート2でも、故郷コルレオーネのマフィアのボスであるドン・チッチョに家族を殺され、たったひとりでアメリカに逃げた、少年ヴィトー・アンドリーニ、エリス島で出身地を名前と間違えられ、結核と診断されて、病院にぶち込まれた弱々しい少年は強力なマフィア、ヴィトー・コルレオーネとしてシチリアに戻り、ほとんどボケてるドン・チッチョを殺す。
ゴッドファーザーは復讐の物語なのだ。恩義には恩義を、裏切りには復讐を。
そんなわけだから、クルス・ファミリーのカネをつまもうとするやつがいないことは間違いないのだろうけど、それにしてもすごい出費だ。
ギルドをいくつも持っていると、その関係の出費が多い。
パン屋ギルドの人件費とか荷馬車ギルドの飼い葉代とか。
ガソリンではなく草にカネ払うのだ、この世界は。
やった、そんなの楽勝じゃん!と思ったよい子のパンダのみんなはたぶん十日もしないうちに馬の肉を十キロ近く落としてしまう。
馬が何であんなに速く走れるか考えてみよう。
つまり、あれはおいしくない草の生える土地を見捨て、ウマゴヤシの生える新天地へ移動するための足だ。
それにだ、よい子のパンダのみんなだって笹食ってるわけだから分かるはずだが、草は低栄養だ。
たくさん食わないとあの巨体を維持できない。
いい馬草をたくさん用意しないで馬を使うのは整備をしない自動車に乗るようなもので、いつかひどい目を見る。
「しかし、これはまた……」
見事な量の請求書である。請求元ごとに洗濯ばさみで止まっていて、どれも声なき叫びをあげている――カネを払え、と。
こんもり山になった請求書はそれ自体が現代人の病理を表現したモダン・アートだ。
しかも、その一枚一枚が本当に払わないといけないときている。バンクシーが泣いてシュレッダーを貸してくれるレベルだ。
そ、っと扉を閉じる。
見なかったことにする。
勘定奉行だって許してくれるさ。
だって年末だもん。




