第二話 ラケッティア、午前七時。
あまり多くは語れないのが、大晦日の七時だ。
だって、年末年始に向けての買い物は終わってるし、大掃除も終わってる。
休みのないマフィア稼業もさすがに今日は休みだ。
やることがないのは他の連中も同じで、何かやることはないかとうろうろしてる。あのトキマルでさえも。――まあ、着ているものから推定して、あいつは今日は妹ちゃんに会うんだろうけど。
飯も食って、顔も洗って、コーヒーも飲んじゃうとまた寝る気も起こらない。
「あの、来栖さん」
「ん?」
見るとシップがやってくる。
「どしたの?」
「あの、これを見てもらえますか?」
そう言って、輸送用の箱の錠が開いて、ドアがパタリと開く。
なかには赤いビロードに包まれた丸いものがひとつ。
「ちょうどボクの口径と同じものらしいんですけど」
「ふむふむ」
ビロードを解くと、きれいな水晶玉が出てきた。
あんまり透き通ってるもんだから、光が屈折せず縁が見えないくらい透明だ。
「へえー、きれいだ。誰からもらったの?」
「フェリスさんです」
ひえっ、と声が漏れて、水晶玉を取り落とす。
がん。
ごろごろごろ。
見れば、他の連中は伏せたり、テーブルを倒して盾にしたり、あるいはアレンカとツィーヌみたいにお互いを盾に使おうとしたりしている。
そ、っと刺激しないよう玉を持ち上げ、ビロードで包み、シップの輸送箱に戻す。
「あぶねー」
「やっぱり爆発物でしょうか?」
「どうだろうなあ。なあ、誰か吹っ飛ばしてもいい店を知らないか?」
シャンガレオンがとっとと捨ててこいといい、しょうがねえなあ、とシップと一緒にエスプレ川へと向かう。
年末の風は寒いことは寒いが、思ったほどではない。
河岸に降りて、船がいないことを確認して、玉を川に向かって投げると、どっかーん!
派手な水柱が上がると同時に〈ちびのニコラス〉へ駆け戻り、ぴゅーぴゅーと口笛を吹いて、お互い何も見なかったことにする。
「まあ、何はともあれ、製法不明の爆発物がひとつ、この世から消えた。それはめでたい」
「え? でも、ボク、あれと同じものをあと二十三個持ってるんですけど」
二ダース……、と絶望したようなため息がもれてしまった。
「せっかくもらったものですし、ボク、有効活用できないか考えてみますね」
「キラーマシンになるのに、ちょうどいいんじゃないかなあ」
我ながら言葉に魂がこもっていない。
――†――†――†――
あまり多くは語れないのが、大晦日の七時だ。
だって、年末年始に向けての買い物は終わってるし、大掃除も終わってる。
やることがないのだから、こちらから出かけないといけないが、特に目的もないのに出かけるのも微妙だ。
トントン。
軽快なノックの音。こういう音が生活にささやかな幸せを運んできてくれるものだ。
……前言撤回。
だって、外に立っているのがロジスラスとイリーナなんだもの。
「何か用ですか?」
「特に何も用はない」
「用もないのに、うちに来たの?」
「ああ」
「朝の七時半に」
「そうだ」
「でも、用はない?」
「ああ」
「……」
「……」
「これ、ひっかけ問題?」
「なぜ、そう思う?」
「いやー、だってさあ」
「じゃあ、我々は帰る」
「あ、そうですか」
「……」
「……」
「あの、帰るんですよね?」
「ああ。じゃあ、いい新年を迎えるがいい。来年はもう少し悪事を控えめにすることだ」
「それって挨拶?」
「そうだ」
「それ、言いに来たの?」
「ああ」
「じゃあ、用がないんじゃなくて、挨拶しに来たんじゃん。しかも、さりげなくうちのファミリーに釘刺してるし」
「そうだな」
帰っていくロジスラスとイリーナの背中を見ながら、分かんねえやつらだなあ、とひとりごちる。
いや、そこまで分かりにくくもないかも。
だって、あのふたり、手ぇつないでますよ。ぎゃはは。




