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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 大晦日の一日編
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第一話 ラケッティア、午前六時。

 ぐちゃぐちゃの布団とぐちゃぐちゃのシーツのあいだで目が覚めると、まず目に入るのは旅籠造りらしい、いかつい梁だ。


 この梁は角材ではなく、樹皮を剥いでちょっと焙った田舎風の梁なのだけど、これがテラコッタを葺いた屋根と三階を必死に支えている。


 鉄筋コンクリート以前の建物はいかに建物の重さを分散させているか、その努力があちこちにみられる。

 柱だけでは建物は支えられないという当然のことを毎日寝る前と起きた後に知るのだ。


〈ちびのニコラス〉の二階にあるおれの部屋は寝室と居間から構成されていて、午前六時では窓から差す光もろくにないので、油断していると小さな棚に小指ぶつけたりする。もちろん足のね。


 おれは忍者でもアサシンでもないんだよ。部屋の間取り完璧に体に染みついたりしねえんだよ。いてえんだよ。うわー。


 寝る前にいれた陶器の湯たんぽもすっかり冷たくなっている。

 一度、蹴っ飛ばして割れて水がどばっと出て、決しておねしょではないと誤解を解くのに三日かかったことがある。

 でも、金属製にすると熱すぎる。

 陶器の湯たんぽにはプラスチック製にはない、不思議な温かさがあるのだ。


 カーテンを開けて、でこぼこしたガラス窓から外を見ると、パン屋の煙突から煙が立ち上り、郊外の農家から集まった野菜が裏通りや路地をえっちらおっちらゆっくり動き、止まり、動く。そのたびに野菜の山の頂点に置かれたひとつの赤いイモが転がり落ちて、それを浮浪児がさっと拾って逃げていく。


 ストリートの生存競争はもう始まっているのだ。


 湯たんぽのなかの微妙にぬるい水で顔を洗い、柱にかけた鏡を見ると、三白眼の性根が悪そうなクソガキがこっちを見ていた。あ、おれか。


 跳ねあがった寝ぐせを水で濡らした手で押さえる。

 寝ぐせはこちらの圧力に屈したように見えるが、十秒もすると、ぴょんと跳ねる。


 寝る前に髪をきちんと乾かせばいい。とはいうが、まあ、アレンカの炎魔法を信じないわけではないが、炎がプロミネンスみたいな動きをするそばで、髪が乾くまでじっと座るのはちょっと怖い。


 ただ、ロン毛のイケメン組は髪を乾かすのに使うタオルの数を考え、冬に長い髪をずぶ濡れにしたままでいることの病気へのリスクを考えて、仕方なくアレンカ・プロミネンスのそばで耐える。


 さて、右の寝ぐせをなおすあいだに左の寝ぐせが跳ね上がり、左の寝ぐせをなおすあいだに右の寝ぐせがぴょんと跳ねる。


 こうなると、フェルト帽をかぶってしまうのが手っ取り早い。


 左の髪の跳ねのほうが凄いので、そっちを深めにしてかぶる。


 顔洗って、髪型なおして、あきらめて、その後は寝間着からシャツとズボン吊りの部屋着に着替え、コーデリアの店で見つけた綿入れ半纏みたいなのをひっかけて、いよいよ外の廊下に出る。


 ああ、注釈しておこう。

 美少女がおれのこと起こしにくるっていうのはないから。


 基本的にうちの美少女たちは寝坊。

 メシのにおいにつられて起きてくる。


 さて、廊下に出るところから再開だが、だいたいおれが起きるのと同じ時刻に廊下にいるのはシャンガレオンとジンパチだ。


 意外な組み合わせだが、だいだいそうだ。

 うちの早起き番長は印刷所で寝起きしてるディアナさん。

 日がのぼらないうちから腕立てしたり素振りしたりしてるらしい。


 ディアナはファイティング・ポルノメーカー。

 なにと戦うかって? PTAとだよ。


「おはようさん、ボス」

「おはようさん、旦那」

「おはようさんかく、寝坊は死罪」

「もう一年が終わっちまった」

「そうだなあ。なあ、ボス。僕、ここに来てから、歳をとっていねえような気がするんだよ」

「そのへんは深く突っ込んじゃいけない」


 ジンパチも大晦日は体じゅうに巻いてる包帯が新しいし、シャンガレオンもいつもよりいいグリースでシャーリーンを手入れしてある。大晦日である。


 この三人でとりあえず、自分が食べるメシをつくる。


 どうか竈の火が生きていますようにと祈りながら一階の厨房へ降りる――やった! 熾きがまだついてる!


 これだけで朝、得をした気分になれる。

 早起きは三文の得。熾きが生き残ってると、付け木一枚の得、付け木二枚で銅貨一枚だから、あわせて三・五文の得だ。


 さて、何をつくろうか。

 ジンパチは昨日の残りのパンの皮とスープを煮るというし、シャンガレオンは昨日の残りのパエリヤをスープ茶漬けにするという。


 つまり、朝飯には昨日のスープがキーになる。


 ざっと見たところ、あと三人分くらい残ってる。


 そこでおれは目玉焼きニンニクアンチョビキャベツ、十文字の切り目がある丸パン、それにコーヒーを淹れて朝飯とする。


 ボスとして子分のためにうま味のあるものを残してやるのは甲斐性というものだ。


 目玉焼きニンニクアンチョビキャベツというのはこの順番にフライパンで焼く。

 目玉焼きをオリーブオイルで焼いて取り出して、ニンニクとアンチョビを焼いて取り出して、キャベツを焼いて、これまで焼いたものをのせる。


 キャベツをシャキシャキにするコツは中火でさっと、三十秒くらい炒めることだ。


「旦那、それうまそうだね」


「人の朝飯はうまそうに見える。ところでシャンガレオン。今日の調子はどうだ?」


「シャーリーンも絶好調だぜ。でも、僕がやるんでいいのかよ?」


「いいんだってさ。洗練と敬意の問題だ」


「まあ、話がついてりゃ僕としてはいいんだけどよ」


 メシを食い終わるころにヴォンモとトキマルがあらわれる。

 ふわあ、わふう、とあくびして。


 トキマルはもうきっちり垂髪の髪を整えていて、暗い色の小袖に袖なし羽織に裾を絞った袴。立派な忍びの普段着。つまり、妹ちゃんと会いに行くってわけだ。


「おはよう」


「おはようございます」


 ふたりは残りのスープをためらわず使った。

 残りひとり。


 ジャックとイスラントが降りてくる。

 イスラントは明らかにまだ目が覚めていない。

 じゃあ、寝てりゃあいいのに、ジャックよりも長く寝ることがプライドに引っかかるらしく、眠いながらも降りてくる。

 ちなみに起こすのはジャックだ。そこらへんもプライドに引っかかっておかしくないはずだが、そんなことがどうでもよくなるほど眠いらしい。


 イスラントはカウンターにぐったりと伏せて、いまにも寝そうになっていて、厨房からはジャックが最後のスープを玉ねぎなんかと一緒にこそぎ落とす音がきこえる。


 マリスが剣もベレー帽も十一のボタンを留めるゲートルもつけた完全装備で降りてくる。

 常在戦場のモチベーション。

 さらにジャスミンティーを巻いたファッション偽葉巻〈フリエタ〉を〈モビィ・ディック〉のカウンターの柱に寄りかかりながら吹かすと、タランティーノのマリアッチみたいに決まってくる。


 だが、食べるのはパウダーシュガーをかけまくり、クリームたっぷりに新鮮なすっとろべりぃを三つも入れたクロワッサンである。


「おはよー、マスター」


「おはよー。今日もきまってるね」


「ふふん。まあね」


 次は義手をつけていないクレオが降りてくる。右手だけで器用にパンを切ると、フラマー村の母ちゃん謹製のベリージャムを塗る。


「おやおや。おねむじゃないか。ククク」


 カウンターに突っ伏すイスラントを見ながらクスクス笑い、ジャムを塗ったパンをちぎって、口元に持っていくと、イスラントは寝たまま、それをもぐもぐ食べた。

 マリスも面白がって、同じことをする。


「こういう犬、いるよね。暖炉の前で寝ててさ」


 すると、パンくずが宙に浮いている。

 霊感がなくても、よく見れば、それは出待ち幽霊がつまんでいるものと分かる。


「イケメンの餌付けができるときいて。いやあ、普段はあんなにクールなのに低血圧寝不足系からの餌付けわんこ系。これは殺しにかかってるで」


「お前、もう百万年前に死んでるだろうが」


 この幽霊は夜寝て、昼起きるという幽霊にあるまじき暮らしをしている。


 シップとフレイが起動する。


「おはようございます。司令」

「おはようさん」

「おはようございます。来栖さん」

「おはよー」


 フレイは朝からアズマ街の漬物屋で買った香の物をかりこり噛んでいて、シップはミミちゃんからもらったという水銀ポーションを燃料投入口に入れている。


 それぞれが勝手に食いたいものを食う修学旅行系シェアハウスのわいわいがやがや。


 だが、その雰囲気もフレイの頭についたサイバーパンクっぽい突起物からの警報音で吹っ飛ぶ。


「高濃縮エネルギー体、二体接近! コードはバイオレット! 通常モードから第Ⅲ抗爆モードに緊急移行!」


 全員がさっと蒼褪める。

 耳を澄ませる。


 ぎし、ぎし、と階段が軋む音――はきこえないが、スリッパがパタパタ鳴っている音がする。


 よりにもよって滑りやすい屋内スリッパ!


 これまで何人かが彼女たちの部屋に滑り止めが半端なく発達した最高級ブーツを置いたが、それでもスリッパ。


「おはようございます」


 ウェティアとフェリス。

 朝のひとときを臨死の川辺に変える金髪美少女エルフ姉妹。


 爆発がなかったことで、フレイの警報は解除され、これが臨終の飯かという覚悟もおのおの溶ける。


 ふたりは目玉焼きを焼いたパンにのせて食べる。

 ラピュタパンである。


 あと、ニシンのパイ。

 あれつくったけど、メチャ美味かった。

 カボチャ入りでさ。


「おは幼女ようじょ


 このしょーもない挨拶の主はミミちゃんである。

 ミミちゃんは寝ているあいだは自販機に姿を戻している。

 だから、変化が完全ではなく、額にコイン投入口がくっついていたりする。


「朝の幼女はいいですね。昼の幼女も捨てがたいし、夜の幼女にも魅力がある。幼女の世界は奥が深いのです」


 そんななかアレンカがやってきてしまう。


 しかも、フリルのついたピンクのパジャマのまま、眠そうに目をこすっている。


「おはよーなのです。マスター……むにゃむにゃ」


 おれの隣ではミミちゃんが暴発寸前の列車砲みたいな顔している。


 さて、こんなアレンカだが、朝飯はプレーリー・オイスターである。


 ペッパー・ソースとビネガーをちょっとかけただけの卵黄。

 朝飯食わないといけないけど食えない二日酔いのギャンブラーなんかが飲む。


 由来については大草原プレーリーのど真ん中を旅していた男が死にかけになり、相方が何か最後に食べたいものはあるか? ときくと、生牡蠣が食べたいといわれて、手持ちの食べ物で生牡蠣っぽいのを作った、というのが一番有名だ。


 不足は発明の母であり、嘘はその継父である。


「ぎえええ! たまらんち! 一見ふわふわしたお寝ぼけ幼女がプレーリー・オイスターをストイックに飲んでいるギャップがたまらんち!」


「もー、うるさい」


 ミミちゃんの叫び声に起こされたのはツィーヌである。

 こっちも外に出かけられる格好で、すたすた降りてくる。


 昨日の夜から読んでいる毒性植物関連の小さな本を持っていて、早速コーヒー片手にカウンターの端に座り、昨日挟んだ栞から読書を再開する。


 こういうツィーヌはクールな優等生に見えるのが、不思議だ。


 ツンデレとクール系は共存可能どころか、テッパンだが、こうしてツィーヌが朝食の前にコーヒーを飲みながら、本を軽く読んでいるのは、うん、新鮮である。


 最近朝風呂の魅力に目覚めたクリストフと〈インターホン〉が一時間の入浴の後、さわやかに厨にあらわれて、リンゴをふたつ、ガリガリかじる。

 果物だけで朝食をとると、健康にいい、と誰かに言われたらしい。

〈インターホン〉は体がデカいが、意外と少食だ。食べる量ならサアベドラのほうが絶対に多い。


 カールのとっつぁんとエルネストが降りてくる。


 このふたりは朝はしっかり食べたい派で、みんなで食堂で食べる朝以外は近くの料理店でとってくる。


 一階のあちこちで好き勝手にメシを食べ、飯が終わると、安楽椅子に座って揺れたり、中庭で苦無を投げたり。


 あれ、ジルヴァはどこだ?


 そう思うだろうが、ちょっと横を向くと、いつの間にかいるのだ。


 クルス・ファミリーの隠密番長はいつだっていつの間にか、そこにいて、いつの間にか、朝食を終えている。


 四人のなかでジルヴァが一番、私服がアサシンウェアに似ている。

 いますぐロンドネ国王の王宮に忍び込んで、と頼めば、すぐに行ける態勢が整っているわけだ。


 ところが、今日のジルヴァは少々油断していて、さらに一枚、茸をのせたビスケットが残っている。


 まわりにいるやつらがじっとジルヴァを見る。

 ジルヴァの顔は目から下がいつもマスクに隠れているが、当たり前だが、何か食べるときはそれを顎まで引き下げる。


 その瞬間を見ようと、みなじっと見つめる。


 顔を見たことないわけではないけど、基本的にジルヴァは隠す。


「ぶえっくしょい! ちきしょー、あほんだらぁ! ようじょ!」


 ミミちゃんがでかいくしゃみをして、一瞬みんなの注意がそちらにそれる。


 すると、あら、不思議。

 ビスケットはきれいになくなっていて、相変わらず顔を隠したジルヴァがちょこんと座っている。


 クルス・ファミリー七不思議のひとつである。

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