第二十一話 ラケッティア、熱い励まし。
赤シャツのおっさん。
これに負けたのか。あの四人。
夜の歓楽街で、ある酒場の裏で三人の男たちにボディブローをぶち込まれていた。
どうも賭博の払いが遅れたらしい。
ボディというけど、そのボティ、だぶだぶの赤シャツに隠れているが、かなり細い。
チンピラのリーダー格らしい男が赤シャツに言う。
「すまんな。ジェリコさんは嫌々だが、金貨で十枚の負けが払われていない。示しってもんがあるんだ。骨までは折るなと言われている」
赤シャツはうなずいて、手を上げた。
「ああ。ジェリコさんにはそう伝えるよ」
赤シャツはよろよろと立ち上がると、ツバなしの蔓草模様が刺繍された帽子を頭に乗せて、のろのろと通りのほうへ出ていく。
超強い暗殺少女たちと互角にやり合ったやつが、賭博の払いが遅れて胴元の手下にいたぶられる。
『ミラーズ・クロッシング』みたいだな。
制作、脚本、監督はあのコーエン兄弟。
主人公のトムは街を仕切るアイルランド系ボスの右腕でめちゃめちゃ頭がきれるんだけど、どうしようもないギャンブル中毒。しかも負ける。少なくとも映画のなかでは一度も勝たない。ポーカー、馬、なんでも負ける。
ボスの右腕なんだから、胴元に話をつけてもらうことも、カネを肩代わりしてもらうこともできるのに自分の負けは自分でかぶるといい、胴元からボコボコにされる。まあ、あれも骨までは折るなと言われてた。
最後、トムは自らが描いたとおりにギャング戦争が終結した直後、何をしたかというと、胴元に電話して賭ける。
あ、あと、これは豆知識というか、のちに『スパイダーマン』の監督になるサム・ライミがカメオ出演している。
爆弾で吹き飛ばした対立ギャングの拠点から白旗ふって出てきたギャングを撃ち殺す役。
撃たれたほうが地面にピクピクしているのを見て、ギャングと汚職警官たちは笑うのだが、その直後、吹っ飛ばしたはずの建物からマシンガン連射、あわれサム・ライミは蜂の巣。
まあ、おもろいから見てみてくれ。
イタリア系マフィアのボスの片腕デインがホモで、それはカミングアウトされていて、ボスも知っているという凄まじい設定があるから。
ついでに言うと、その片腕デインはトムのライバルで疑り深いし、頭脳だけのトムに比べると腕っぷしも銃の腕もあるのだが、ミンクというしょうもない男にべた惚れしている。
そのミンクを演じるのがスティーブ・ブシェミで、早口で途切れなくしゃべるのがまたうざったく、デインがこのミンクにべた惚れなのがまた笑えてくる。
ん? もしかして、ヨシュアとリサークにとって、おれはミンクなのか?
「ひょえええええ!」
「どうした、ミツル! 敵か!?」
「いえ、何でもないです。年に一度、突然叫びたくなる日があるでしょ? それがきただけ」
ジマツィア会はとりあえず、ガールズたちの自信を喪失させた、この赤シャツを観察することにした。
目下、抗争中のエル・ヴェラーコの縄張りに入ることになるが、仕方がない。美少女を元気づかせることは楽に達成できるものではないのだ。
それにしてもヨシュアとリサークである。
十秒間だけ手を握る条件を提示したら、あっという間に赤シャツを見つけてきた。
現金なやつらめ。
赤シャツのおっさんは栄養不良のビタミン不足のシチリア人みたいな恰好をしていて、どうも自分を入れてくれる賭場を探しているようだ。
もし、赤シャツが借金取りを返り討ちにしたら、どこの賭場も赤シャツを受け入れない。
カネがあってもだ。
こりゃ、相当な賭博ジャンキーだな。
たぶん、どれくらい勝ったかよりもどれくらい負けたかを自慢する類。
そのくせ酒や女に反応しない。
女たちがそばを通る男の腕を引っぱり、ある巨漢など個室のカーテンを閉める手間も惜しんで娼婦たちの上にのしかかっているのを見ても、ピクリともしないし、九郎判官とハルク・ホーガンの区別もつかなくなるまで泥酔した連中を見ても、軽蔑もせず自分も仲間入りしようともしない。
落ち込んだガールズたちの証言をつなぎ合わせた限り、殺しすら楽しむ様子はない。
ひたすらギャンブルだ。
〈ハンギング・ガーデン〉では、しょっちゅう見かけるよ。こういうやつ。
ひょっとすると、おれたちが尾行しているのに気づく可能性があるが、見られて困る私生活がこの骨皮さんにあるとは思えない。
とりあえず、ひと晩尾行して分かったことがひとつ。
赤シャツはマッシュルームを生で食べる。
――†――†――†――
「どーせ、わたしなんてー」
「だから、ツィーヌ。ばっちりテッパンの戦略が分かったんだよ。鍵はマッシュルームだ」
「ここでお魚見てたほうがずっといい」
そこを何とか拝み込んで、動く毒マッシュルームをつくってもらう。
可愛らしい、未来と世界の善意に期待する幼気なマッシュルームだ。
つくったそばから、ころころ転がり出し、水上コテージの外に出て、観光地の夜の歓楽街に消えていく。
いや、本当に消えてるわけではないし、マジで死ぬかどうかを見届けないといけない。
「えー、わたしもいくのー?」
「その目で死ぬとこ見とけば、自信がつくでしょ? そうしたら、ジルヴァとマリスとツィーヌとアレンカを励ます会を解散して、ジルヴァとマリスとアレンカを励ます会を発足するんだ」
さて、ひとりの少女の自信復活という、火山に指輪を捨てに行く並みに重要な使命を帯びたキノコはころころころころ。
「選挙すればいいじゃん。どーせ、わたしなんてー」
「選挙よりもこっちのほうが大事でしょ」
「わたしたちのほうが大事なの?」
「うん」
すると、ツィーヌが顔を赤くして、
「べ、別に嬉しくなんかないんだからね! 顔が赤いのは、ほら、暑いからよ」
「いい感じに調子が戻ってきた。じゃあ、あとは赤シャツが真っ黒い血反吐を吐くのを見て、終了だ」
赤シャツは〈ケイン亭〉というあばら家で木の筒にマッシュルームを入れるだけ入れて、かりかり食べている。
傘が閉じていようがいまいが食べる。
一度、異世界にやってくる前、マッシュルームの生食をつくったことがある。切ったマッシュルームにオリーブオイルとクレイジーソルトをかけて、ヤマザキ春のパン祭りでもらった小さめの皿にのせたら、エモくなった。
赤シャツは塩すらかけない。
カリカリカリカリ食ってる。
これしか食っていないなら、あのガリガリ具合も納得だ。
未来と世界の善意に期待しているポイズン・マッシュルームは赤シャツの魂を肉体という名の牢獄から解放すべく、ころころ転がって、うまい具合にマッシュルームの木筒に潜り込む。
そして幼気なマッシュルームくんは早速、赤シャツの骨と皮だけの、だが、ガールズたちを自信喪失状態に追い込んだ短剣さばきが染み込んだ指でつままれて、カリっと傘をかじられた。
…………。
「まあ、個人差があるから」
「そ、そうですよねー」
…………。
カリカリカリ。
マッシュルームがかじられ、そして、彼が善意に期待した世界から消滅する。
その後も赤シャツはマッシュルームをかじり続け、通りすがりの男とコインの裏表で賭けをして、五枚の銅貨を手に入れると、席を立ち、エル・ヴェラーコの縄張りがあるミッチ通りへとふらふら帰っていった。
「あ、あのー、ツィーヌ?」
「どーせ、わたしなんてー」
見事、自信喪失状態。
すると、ヨシュアがツィーヌの肩をがしっと両手でつかみ、
「しっかりしろ! どんなアサシンでも、壁にぶつかるときは来る。それを乗り越えることができたとき、初めてアサシンは自身の技で世界に挑めるんだ。お前が自信を取り戻さなければ――」
以前も言及したことがあるが、ヨシュアはロン毛のイケメンで冷徹死神系美男子である。
そのヨシュアが熱く諭す!
ツィーヌは突然の説得に目を丸くするが、虚脱状態からは抜けている。
いいぞ、ヨシュア。もっとやれ!
「お前が自信を取り戻さなければ、ミツルはおれと十秒間、手が握れないではないか!」
ひやっ。
「あ、あのー、ツィーヌ?」
「どーせ、わたしなんてー」
表記の上では同じ言葉だが、前回よりも百億倍強いです。この自信喪失。




