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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カナリア島 ラケッティアホリック編
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第十八話 選挙ギャング、強敵。

 昨日まで尊敬と畏怖の対象だった人物がジルヴァの手で無価値な肉塊になることについて、彼女は特に思うところはなかったが、もふもふについてはかわいいと思っていたし、雷は怖い。

 コテージの床から見える魚たちはきれいで、こんなきれいな生き物に寿命があるなんて考えられなかった。


 何か邪魔できる選挙活動はないかとジルヴァはパルンガ通りを海沿いに歩いていた。

 漁師や船乗りが住む界隈で、火薬入りのパン生地をこねる男が重宝がられ、漆喰と一緒に潮風を埋め込むコツを心得た職人が尊敬されていた。そうした家屋は百年経っても新鮮な潮が香るのだ。


 ジルヴァのすぐそばには国庫に手を突っ込んだ猿の話を海に向かって繰り返す老人がいた。


 自警団の帽子をかぶったクロスボウ兵がジルヴァに説明した。


「熱帯魚の煮凝りさ。大好物で毎日そればっかり食ってたら、こうなっちまったんだ」


 その説明をきき、ジルヴァは、やはり、あのきれいな魚たちは不滅の祝福された存在であり、大自然の裁きと采配はゼリーのなかに封じ込めた魚たちをパクパク食べることの罪深さを通じて世界に露出するのだな、フム、フム、とひとり得心していた。


 ジルヴァはポケットから紙切れを取り出した。

 エル・ヴェラーコの山刀使いたちの似顔絵が描いてあって、それがとびきり下手だった。

 もともとは自警団のほうに元本があったのだが、持ち出し不可で買い取りも不可、写すのは可能だということで、ツィーヌが自信たっぷりにその役目を引き受けて、このていたらく。

 人に見せたら呪いのお札扱い。


 こんな似顔絵で目的の人物を見つけるくらいなら、大洋に逃げたメダカに石を命中させるほうがずっと簡単だ。

 あのコテージで腹ばいになって、熱帯魚や透き通る小さなイカを見ているほうがずっとマシだ。あのガラスの床はマスターの発明した最大最高のものだが、というのもあのガラス越しに見れば、サメだってスマートでかわいらしく見える。

 コテージに置いてあった一冊金貨十枚の完全着色魚類図鑑によれば、あれは夜行性のネムリザメであり、かわいく見えるのは寝ぼけていたからだが。


 別にツィーヌ謹製の呪いのお札を頼りにエル・ヴェラーコを探すのでなくとも、カンパニーを直接襲撃してもいい気がしてきた。

 乏しい言葉できいてみると、ラ・ペッサ通りとまじわる十字路に貿易会社があると教えられた。


 ジルヴァが見つけたのは貿易会社の出荷場だった。

 倉庫のような建物のそばで、車輪止めを噛ませた荷馬車に樽を積み込んだり、ロバの左右に小包を割り振ったりしていてジルヴァの姿を見ると、人夫たちはジルヴァを荷馬車に積み込んだ。


 煙草の袋に潰される前に馬車の外に出ると、積み出し口の端にある机で帳簿をつけている男がいてジルヴァを見ると、近くにあるステッキを手にして振り上げて、叩く真似をした。


 カンパニーの狭量さは末端社員まで行き渡っている。

 ジルヴァも相手が相応の対応をしてくれるのならば、正規の手続きにのっとって、建物に侵入しようと思っていたが、こうも邪険にされると、クルス・ファミリー隠密番長の自負が出てくる。


 帳簿係にしっしと手で追いやられた先の頭上には二階のバルコニーがあり、ジルヴァがひょいと飛ぶと、あっという間に建物に忍び込めた。


 サン・セバスチャンが流浪の民にパンを差し出した宗教画のかかった部屋から二階の各部屋をつなぐ廊下に出ると、教区司祭長が善行の鑑と讃えた紳士たちの肖像画が続き、ときおり南国の太陽がつくる影のなかに潜り込んで、警備兵をやり過ごしたりした。


 誰も背後にいないと安心しきった警備兵の口を塞ぎ、右の腎臓を短剣で貫くと、我ながらきれいに殺せたと思ったりする。

 だが、やはり殺すなら要人のほうがいいと思い、アーチ状の梁に手足を突っ張って、貿易会社担当の上級士官がやってくるのを待つ。


 上級士官の禿げた頭を狙って、柄を左手でしっかり押さえた刃で突き下ろすと、パキッと頭蓋に入ったヒビの感覚が黒手袋をはめた手をくすぐる。


 標的が倒れるより前にジルヴァがすぐ後ろの警備兵に飛びかかり、相手は黒い影が陽を遮ったとしか感じられないなか、首の付け根を短剣でえぐられる。


 警備兵がかぶっていた帽子をひったくって、短剣の血を念入りに拭う。


 そのとき、ジルヴァは初めて気がついた。

 廊下の長椅子に寝転がっていた赤シャツの男に。


     ――†――†――†――


 ペスカディーリャ通りの選挙対策本部へ戻ると、来栖ミツルが塩だらの箱の陰に頭を抱えて隠れていた。


「ヨシュアとリサークが前払い報酬を求めてきたんだ」


「……赤シャツ」


「ん?」


「互角の腕だった。赤シャツの男」

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