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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カナリア島 ラケッティアホリック編
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第七話 アサシン、時代劇的見せ場について。

「ふーん。誘拐ねえ」


 マリスは共有コテージのテラス席に頬杖をついて、割れたココナッツから藁しべストローでチューガボボとジュースを吸った。


「いいんじゃない? なかなか新鮮だ」


「ココナッツが?」


「営利誘拐が。カラヴァルヴァじゃボクらをさらおうなんて考える命知らずはいないからね」


 確かにそうだった。

 カラヴァルヴァその他で彼女たちを襲うのは自殺志願者か税金対策で半殺しにされたいのかのどちらかだ。


「まあ、ボクらは負けない。でも、勝利条件が少々複雑だ」


 敵をこの水上コテージで迎え撃つとなると、まず血と臓物でゲロゲロにしたくない。

 それに海に落とすのもなしである。サメがやってきて死体を食い散らかす。そうするとサメが居着いてしまい、熱帯魚やイルカたちがいなくなる。


 この水上コテージの持つ経済効果を損なわずにはどうしたらいいか?


「アレンカが灰にして海に捨てるのです」


「それが一番じゃないの?」


「ヨシュアとリサークは?」


「ついでに灰にして海に捨てればいいのです」


「マスター、アレンカの真似して変なこと言わないでほしいのです」


「すんまへん」


「あいつらは――別働遊撃部隊とかなんとか言って、総督の妾だか隠し子だかがさらわれるほうへ追い出せばいいんじゃない?」


「それが一番だよ。あいつらはこの水上コテージの素晴らしさを分かっていない。あいつらが来たら、リゾート地が血みどろゲロゲロだ。別に総督の妾だか隠し子だかの別宅なら、好きなだけ臓物ぶちまければいい。ジルヴァ、きみはどう思う?」


「ZZZ……」


     ――†――†――†――


 その夜、アレンカが誘拐魔たちを灰にしているあいだ、ヨシュアとリサークはある総督の愛人宅へ続くコロラド通りを歩いていた。


 出発したときは満天の星空で道も家も青い光で闇から切り出されていたが、そのうち西から潮の濃い黒雲が星を隠し始めると、吊るされたカンテラの他に灯りがなくなり、巾着切りの商売道具であるハサミを研ぐ音が細い路地や背の低い椰子の後ろからきこえてきた。


 犯罪の被害者にならないためにカタギの住人は夜間営業の酒場に集まり、辻馬車は四つの角灯を点して、盗賊除けにしていた。


 ヨシュアは金銭と引き換えに暗殺をするので、間違いなくカタギではなかったし、リサークにしても暗殺者用の衣装をつくっているので、殺人幇助くらいには問える。


 とはいっても、ふたりの着ているものは同業者のものではなく、それなりにカネがある良家の子息に見えた。そんなふたりを狙う強盗は何人かいたが、お互いの脚を引っかけようとしながら歩こうとするがゆえに生まれる歪みを見ると、その気は失せた。


 強盗を返り討ちにできるものはたいてい足払いがうまい。

 殴りかかったり腹を蹴ろうとしたりするカモはたいてい刺されたが、足払いの専門家が強盗にやられた話はきいたことがなかった。


 そんな足払いをお互いにかましながらも、相手の足払いを避けて、前進をやめない熟練者の足払いを見れば、強盗たちは慎重に見逃すことにしたとしてもおかしくない。


 だが、ひとり、ここいらで初めて強盗をする馬鹿がふたりに襲いかかった。

 暗すぎて分からなかったが、その馬鹿はヨシュアとリサークのどちらかに往復ビンタを食らって道端に突き落され、そのあいだもふたりはお互いを転ばせようと足払いをかけ続けていた。


 コロラド通りは南国風の邸宅の前庭で尽きていた。

 町外れの広大な土地に建てられた屋敷は周囲を椰子の林で囲まれていて、市の中心部から離れた距離だけ、総督が本妻をどれだけ恐れていたのかが分かる。


 それでも門のすぐ横には立てた棺桶みたいな小さな哨所があり、そこに見張りの兵士が立っていた。

 小さなカンテラを足元に置いた兵士を観察してみたが、まったく生気が感じられないので、リサークが立ち上がり、調べてみると、警備兵は箱みたいな哨所ごとレイピアで串刺しにされ、剣の柄にはめ込んだひし形の鋼が暗く光を吸い込んでいた。


 半ば酔っ払った男たちが酒場で大きな口を叩きながらの襲撃にしては手口が鮮やかで無駄がない。


 塀に沿ってまわり、かけられた梯子を見つけて、庭に飛び下りると、来栖ミツルが盗み聞きしたごろつきたちが全員喉を切り裂かれて斃れていた。


 暗殺を生業にするとときどき見るのだが、雑魚が狙っていた標的をもっと大きな暗殺団が狙っていたということだろう。もしロムノスに分かりやすく伝えるなら、鉤にかかった小さな鮒を大きな河魳が食らいつくとでも説明すればよい。


 足を引っかけ合うのは一時停戦にして、未知の敵――といっても分からないのは依頼人くらいだが、ともあれ倒す敵は予想よりも手強い。


「足手まといにならないでくれたまえ」


「それはこっちのセリフだ」


 そのとき、邸内から銃声がして、庭園の向こうにある翼棟の二階の窓がひとつパッと光った。


 情熱的な踊り子の髪を飾るような美しい花が咲き乱れる庭園を走る。

 ブーゲンビリアの陰から刃が閃いたが、ヨシュアが覆面に隠れた敵の眉間へスローイング・ダガーを放ち、一撃で闇に沈める。


 アアア、とリサークに急所を突かれた敵がヨシュアのすぐ後ろで呻いた。


 銃撃はその後も続いていて、二階の窓が明滅している。

 撃ち合っているというよりは一方的に撃っているようだ。


 雨どいにつながる鉛管に掴まって、手早くよじ登ると、武器庫のドアが長椅子とタンスで塞がれていて、そのインスタント・バリケードの後ろから小麦粉をかけた白いカツラをかぶる召使いがひとり、暗闇に潜む暗殺者たちに発砲していた。


「どうした! こっちはまだいくらでも銃があるんだぞ! ほら、出てこいよ!」


 召使いが撃った弾は暗殺者たちの頭上を飛び過ぎる。射撃に効果はないが、弾が尽きる様子もない。


「こっちは夜明けまで撃てるぞ! ちょっとは楽しませろ、ははは!」


 弾を込めた銃が百丁以上あることは人間に自信を与える。

 それなりの暗殺者たちに排除目標とされながらも召使いは怯える様子など微塵も見えない。


 暗殺者たちが武器庫の真下に仕掛けた爆薬で床が跳ね上がって燃え上がり、召使いはそのまま一階へ百丁の銃やバリケードと一緒に落ちていく。炎が銃に引火して花火大会の事故みたいになった後、火力は全能と無邪気に信じだ召使いがこの世に存在した証拠は小麦粉の焦げたにおいがするカツラ一枚だけであった。


 召使いが守っていた廊下を通り過ぎれば、そこは総督の隠し子の部屋であり、四本の支柱に天蓋を支えさせたベッドで震える少女と暗殺者の刃のあいだには薄い紗一枚の他に何もなかったが、暗殺者たちの真後ろには死を具現化したふたりの美青年が立っていた。


 事の始末がついた後、ヨシュアとリサークはベッドに垂れさがる紗をむしり取り、短剣についた血を拭って鞘に返した。


 立ち去るとき、少女は「あの、お名前は?」と来栖ミツルならおいしいシチュエーションと呼んだ出来事があったが、ふたりともそれにこたえず、窓から闇へと身を閃かせ消えていった。


 来栖ミツルに誉めてもらうために。

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