第三話 スケッチ、第1124部分でやっと水着回ですよ。
水着回には種類がある。
季節ネタ、てこ入れ、壮大な伏線。場合によっては哲学。
男がスケベで、女性の良さは体を覆う布切れの面積と反比例するという考え方がある限り、水着回は不滅である。
以前、フレイが来栖ミツルの脳みそをスキャンしたときにゲットした情報によると、彼がいた世界にはビキニとスク水という水着があった。
ビキニは彼のいた世界にそういう名前のサンゴがきれいな海があり、その珊瑚から熱帯魚から何から吹っ飛ばす実験を行い、そのくらいの衝撃、という意味でつけられた水着の名前だった。
「な、なにこれ。ほとんど裸じゃないの!」
フレイの亜空間リソースからツィーヌがつくったのは黄色い花をモチーフにしたビキニだった。
「い、いくらなんでも、こんなの――」
さて、そこでもうひとつの選択肢がスク水だった。
スクール水着。略してスク水。
「……」
紺のなかでも特に濃い紺の、もさっとした生地でつくった水着で、胸のところに白い布がいい加減に縫いつけられていて、そこには『じるヴぁ』ともっさりした字で名前が書いてある。
なんとなく、これが色気のあるものでないことは分かったし、これが好きな人は精神レベルがミミちゃんであることも分かる。
世界線を超えた理解は人類愛や理知的存在への関心で発揮してもらいたいものだが、ともあれ水着にまつわる選択肢はこれで出尽くした。
来栖ミツルの精神世界ではこれしか水着がないのだ。
来栖ミツルの精神を映像化したものをフレイに見せてもらったのだが、マフィア映画自動車爆弾シーン100連続の37番目と38番目のあいだにビキニが、72番目と73番目のあいだにスク水がサブリミナル効果のごとく短い時間で挟み込まれていた(もちろん第1番目はゴッドファーザー・パート1のアポロニア爆死シーンである)。
これを知ったとき、フレイを含む女性陣はちょっと根性叩きなおしてやるかと思ったのだが、アサシンウェアに似合うサブマシンガン10選やら、スナイパーライフル・トップ3やらをきちんと考えていることが分かったので、死一等を減じることになったのだった。
さて、水着回につきものの胸の大きさだが、幸い(?)、来栖ミツルはおっぱいに挟まれて死にたい教の信者ではなかったから、これまで問題視されなかったが、それでもビキニを着ると四つの決心が南国の海にカコーンと響き渡ると、どうしても胸の大きさに関心がいく。
四人は竹の皮でつくった窓の扉を開けて、ちらりと外を見ると、水上コテージと砂浜を結ぶ桟橋のそばで海パン姿の来栖ミツルが水着回の役得を待っている。
水着回の担い手として、四人は低い布面積に対する覚悟をエイヤッ!と決めて、コテージから飛び出す。
来栖ミツルが鼻血ブーする古典的表現で嬉し恥ずかしの水着回が始まる。
そう期待して、飛び出したのだが、さっきまでいたはずの来栖ミツルの姿が忽然と消えていた。
――†――†――†――
水上コテージが並ぶ砂浜から歩いてすぐの場所に小さな入り江がある。
その入り江は低い崖に挟まれていて、そこに星の砂が開けた浜辺がある。
そこで来栖ミツルは土地の老人相手に何かを熱心に話していた。
「つまりだな、じいさん。あそこのあたりで溺れた人間は間違いなく、この入り江に流れ着くと?」
「そうだな。大昔、ふたつの大きな国があのあたりで船同士の戦争をしたら、死体や船の残骸でこの入り江は塞がれて、臭いといったら、ひどいもんで、むこう十年間、この入り江で獲れる魚は食えたものじゃあなかったという話だ」
「じゃあ、これは仮の話なんだけどな。あのあたりで〈命の水〉の壜をばらまいたら、それはひとつも沈まず全部、ここに流れてくるわけだ」
「まあ、そういうことになるな」
「なあ、じいさん。この島の酒は高すぎると思わないか?」
「そうだなあ。外の酒は目玉が飛び出るほど高いし、島でつくっている酒も高い。総督がわしらの健康に気をかけているわけでもなさそうだしな」
「つまり、密輸した酒には可能性が無限大に開けているわけだ。ケーサツさえかわせれば」
それから来栖ミツルの頭のなかでは海上警備隊の船に捕まる前にあそこで荷を捨てて、このまわりが岩と断崖に囲まれて外からは何しているのか見えないこの入り江で、普段は海藻を拾っているおばちゃんたちが打ち上げられる酒壜を回収する絵図がテクニカラーで脳裏に描かれた。まるでボードウォーク・エンパイアのオープニングみたいに――。
「よーし。この構図なら問題は何もないぞ」
「いや。ひとつ、問題があるね」
「ん? なにが?」
「お前さんのすぐ後ろで怒った顔の女の子が四人、お前さんの頭にココナッツを叩きつけようとしている」




