第一話 ラケッティア、初期メンバーでバカンス。
ざらっとした麻の半外套は白く輝く。
南国の太陽をいっぱい浴びて。
遠くに見える島の岸辺には赤や青の街並みが寝そべり、島を縁取る砂浜は目に染みるほど白い。
「ねえ、見て見て! マスター! あの魚!」
ツィーヌが指差しているのは透き通ったエメラルドグリーンの海を小さくまとまった瑠璃色の魚たちだ。
「いい毒採れそう!」
確かに魚たちはターコイズブルーだが、パンケーキになるにはまだはやい。
「暑ーい。マスター、ボク、人が殺したーい」
暑いと人を殺したくなる精神の道のりは複雑怪奇だが、実際の運用は簡単だ。
肩をぶつければいい。
アレンカとジルヴァはどこに行ったのやら。
「しっかし、暑いなあ。人を殺したくなるほどではないけど、暑い」
ここ、常夏のカナリア島は十二月も四月も八月も同じ。
あっちっちだ。
ヴォンモがマスターたちにバカンスをプレゼントしたいという粋で泣ける思いのもと、クルス・ファミリー発足メンバーでカラヴァルヴァから海へ出て、南へ半日。
常夏のカナリア島へ。
カラヴァルヴァを出るときははやい雪がちらついていたのに、カナリア近海では気象は熱帯。
ピンク色のカモメが観光客から放ってもらうパンくず求めて、船尾楼を飛びまわり――ジルヴァがひと袋銅貨二枚の餌を買っていた――、船乗りは世界の果ての海に住む竜の賢者からもらったという背が伸びる薬を客に売りつけようとしていた――アレンカがこれに引っかかろうとしていたが、まあ、これも経験だ。
海と砂とラムとリズムの島はお気楽でこれまで戦争とか疫病とか切れ痔とか、世のなかの悲劇とは無縁の暮らしをしてきたように見えた。
行政区画では王冠直轄地であり、国王に直接責任を負う総督がトップに君臨している。
普通選挙なんてプリチーなものは存在しない。しかし総督をひとり置くにしては小さすぎる島だ。
ラムと娼婦とブーゲンビリアに囲まれた賭博用バンガローが結構な収入になっていて、マフィアにとってのキューバみたいな島だ。
もちろんカストロのキューバではない。フルヘンシオ・バティスタのキューバだ。マイヤー・ランスキーやフランク・コステロやアンジェロ・ブルーノがカジノを持っていたキューバだ。
島ひとつ独裁的な総督のものだが、観光で食っている以上『○○の虐殺』とか『××の血浴』という名の事件を起こすわけにはいかない。
もともとは無人島だったので、原住民とのトラブルはなかったが、犯罪をどの程度まで容認するかが、ランダムで見切りにくい。
実は、この島のラム酒製造業者たちから、ここのラムを買え、というオファーをもらったことがあるが、ジャックとカールのとっつぁんに味を見てもらったら、いくらスパイスド・ラムと言えど、バニラが強すぎるといい、カレイラトスの深みとカラメル風の味わいには敵わないと言った。
しかも、値段はカレイラトス・ラムの倍以上。
あまりにも強気なオファーなので、ひょっとすると、世界じゅうの人間はバニラこってりな味が好きなのかと下戸なりに考え、カレイラトス・ラムと同じ値段で売ってみた。
で、もらった感想。第三位は「飲めたもんじゃねえ」
第二位は「マジで勘弁だぜ」
第一位は「げろげろげろ」
うまいというやつもいたのだが、実はこれ、カレイラトスの四倍以上と教えると、そこまで払う気にはなれないと言ってきた。
で、値段下げられるかきいたけど、絶対に下げないと強情なこと言ってきたので、ここのラムは見切りをつけた。
どうもここのラム酒製造ギルドは宮廷とパイプがあるらしい。
だから、高飛車な態度を取ったみたいなのだが、それならそのパイプとやらにラム注ぎ込んで、宮廷に直接売りつければいい。
まあ、実際、そうやって売っているらしいけど。
「マスター!」
「わひゃ!」
見ると、ツィーヌを筆頭にガールズがおれのことを睨んでいる。
「いま、ラケッティアリングのこと考えていたでしょ」
「え。分かった?」
「顔見たら一発。ここではラケッティアリングについて考えるの禁止!」
「わかったわかったって。安心してよ。もう、おれ。これからは『女の子の柔らかい体。興味津々です』モードです。もう、このモードに入ったおれはスケベ全開ですよ。後悔しますよ。おれをこのモードにさせたことに。でも、まあ、ほら、ちょこっとなら――」
「チョコもちょこっともなし!」
うーん。おれ、ワーカーホリックなのかなあ。
いやいやいや。四人の美少女と一緒に南の島。
間違いなく水着回の予感。
とりあえず目標は一日に三回、キャー! マスターのエッチ! ってビンタを食らう。
楽勝ですよ。楽勝。
……。
ところであそこに見える漁船。小遣い稼ぎに興味があるかな。船倉に二重底こしらえてマッド・マンモスの牙でつくったドミノを密輸するとかさ。




