第二十七話 ラケッティア、ちゃんと給料払えよ馬鹿。
家具工房に〈モビィ・ディック〉に入れるテーブルとカウンターを注文しに行く途中、ジャックと昨日からロムノスと一緒に〈ハンギング・ガーデン〉で暮らすことになったエレンとエミールのことを話していると、パン屋のオヤジがやってきて、マルムハーシュの件でお礼を言われた。
頭のなかを?でいっぱいにしていると、今度は左官屋からマルムハーシュの件で礼を言われた。
「最近、こんなことが多いんだ」
「マルムハーシュというと、オーナーが輪投げ屋にした、あの?」
「そのマルムハーシュ。おれが最後に見たときはサウナでごろ寝してた。なんか、市内でどんどん人望をカチ上げてる」
「まるでオーナーみたいだな」
「嬉しいこと言ってくれたから、注文予定のカウンターのグレードを上げよう」
「オーナー、足、伸びたか?」
「あからさまなお世辞はNG」
「チッ」
「あ、いま舌打ちした? したよね?」
「ちょっと悪いところが出た」
ディアボロス家具工房の看板には異端審問を恐れない悪魔の絵が描いてあって、異端審問を恐れない親方がクルス・ファミリーを恐れて、自分たちはあのディアボロスとは関係ないと大慌てで伝えに来たことがあった。
トカトントンと木槌の音が絶えない作業場でなんでこんな名前をつけたのか?
一度使ったら忘れられない悪魔的にスバラシイ家具をつくるという意味かときいたら、親方の名前が『アボロス地方出身の』を意味するデ・アボロスだからだという。
ここでもマルムハーシュの話が出た。
「甥が川で溺れそうになったとき、助けていただいたんで。それに他の傭兵たちもいい商いをすると評判です」
「傭兵たちが受け入れてもらえて何よりだよ」
――†――†――†――
王国と辺境伯が戦争を再開したという報せが入ったのはそれから二日後のこと。
「話が違うではないか!」
パパッ、パパッアーン!とラッパの音を先触れにサリニャーナ侯爵が〈ラ・シウダデーリャ〉の事務室にやってきて、こんなこと言ってきた。売り上げの半分渡さなかったのを言ってるのかと思ったが、それ以上に重大なこと――傭兵がひとりとして戦場に戻ろうとしないことを言ってきたのだ。
「そんなこと言われても本人たちが行きたくないって言うならしょうがない。給料しっかり払わないからこうなる」
「国王陛下のお役に立てる機会を与えられれば、無給でも喜んで戦うものだ」
「じゃあ、あんたが無給で戦えよ」
「わたしは侯爵だ」
「それが?」
「国王陛下からの特別の恩顧を受ける立場にある。それを断れば、不義だ」
「すげえな。それが貴族的レトリックってやつか」
「とにかく彼らを戦場に戻していただきたい」
「さっきも言ったけど、本人が行きたくないって言うんだから、おれにはどうしようもない」
「もう、よい!」
やつは、このままにしておかない、と捨て台詞とパパッ、パパッアーン!という音を残して、帰っていった。
最近、ろくな貴族に会わないな。
まともなやつもいるのは間違いないけど、ここ最近はホントにボンクラ。
しかし、テキヤたちに一応注意しておく必要があるな。
たぶん、あの侯爵、人さらいするかもしれない。
そんなことするなら、別のやつを雇ったほうが早いが、これはメンツの問題だ。
さて、誰にこれを話すべきか?
――†――†――†――
「?」
ミカエル・マルムハーシュは実に不思議そうな顔をした。
そりゃそうだよな。
傭兵が行かないと言っている戦争に駆り出すために人を雇って人さらいするという謎ムーブ。
そんな非効率的なことをするというのが侯爵というものらしい。
貴族の序列で言えば、公爵の次、二番目の爵位なのだが、まあ、こういうお馬鹿さんもいるということだ。
「同じような傭兵たちに知らせたほうがいい」
「分からないな。なぜ、侯爵はわたしたちにこだわるのだろう? 特別、有能というわけでもないし、未払いの給料だって抱えているのだから、別の人間を雇ったほうがもっと効率的ではないかな?」
「おれもそれは言ったんだけどね。ラッパと貴族的レトリックで押し切られた」
「あのラッパはかっこいい。わたしもあんな専属ラッパ吹きが欲しいものだ」
「とにかく、同業にヤバいことになったと伝えまくっておいてくれ。おれもなるべく――」
そのとき、北河岸通りに傭兵を満載した荷馬車がやってきた。
ゼルグレが片手に持った角材で車輪を叩いて、こちらの注意を向けてくると叫んだ。
「パウドリーナがさらわれた!」
そのまま荷馬車に乗って、ロデリク・デ・レオン街から市外の街道に出ると、ぐるぐる巻きに縛られたパウドリーナを乗せた馬車が走っていた。
こちらは荷馬車に傭兵を満載しているが、馬を六頭つなげているので、二頭立ての馬車に追いつくのは難なくいった。
無言の巨人にしてトロルの油売り、サトゥリニノ・ガルバーノが長い樫の棒を車輪のスポークのあいだに差し込むと、車輪が割れて、車体はごろごろと土手を転がった。
荷馬車が止まりきらないうちに傭兵たちが飛び下りて、侯爵が雇ったごろつきに角材の打撃を雨と降らせた。
「これからどうしたものかな」
と、マルムハーシュ。
「こいつらなら誘拐未遂で治安裁判所に放り込めばいい」
「いや。同じようなことが起こらないようにするためにはどうすべきかな?」
「うーん。みんなでまとまって連合会でも作ってみたら。テキヤ系暴力団みたいにさ」
「バラバラの傭兵も結束すれば一個大隊だからね。うん。それがいい。でも、誰が大隊長になるんだろう?」
傭兵なものも傭兵ではないものも、捕まったゴロツキたちですら、マルムハーシュを見た。
「?」
「そういうことなんで、大隊長よろしく。まあ、トップって言っても、いまやってることと大差はない。人のお願いをきいて、叶えるだけ」
「それなら、できそうだ。ところで、レンゴーカイとやらを発足する場に、ドン・ヴィンチェンゾという人は来るのかな?」
「叔父さん? まあ、来いって言うなら行くけど」
「じゃあ、頼むよ。きみの叔父さんに伝えなければいけない『よろしく』がたまっているんだ」
「は?」
「?」




