第二十一話 装甲艦、どどんぱち。
来栖さんは〈ちびのニコラス〉をなおしてくれる腕のいい大工を探しながら「思い知らせてやる」と街じゅうをまわって、あちこちのタレコミ屋さんから情報を集めて、ディアボロスの橋頭堡をいくつか(来栖さんの言葉通りに表現するなら)、お好み焼きみたいにぺっちゃんこにしてやるそうです。
お好み焼きというのをボクは知りませんが、好まれて焼かれるわけですから、きっとおいしいのでしょうね。
来栖さんはボクらを集めて言いました。
「拠点は三つ。ひとつ目は甲冑職人街の密造酒蒸留所。このあたりはデル・ロゴス商会の縄張りだから、まあ、やつらが自分でカタをつけるだろう。ふたつ目は白ワイン通りの肉屋。こいつら表向きはソーセージ売りだが、裏で賭場を開いてる。ここはあちこちの商会や汚職警吏に招待状を出し、ピストル・マンとマスケット・マンを集められるだけ集めて、『ミラーズ・クロッシング』の再現する。こないだの爆発でディアボロスの連中は爆弾屋を気取ってるが、本物の爆発がどんなものか、見せてやる」
ミラーズ・クロッシングが何か分かりませんが、きっとマフィアに関する凄いものなのでしょう。
ああ、ボクはまだまだ知らないことがたくさんあるな。頑張らないと。
「で、三つ目はカラベラス街にある廃教会。やつらの暗殺部隊のアジトになっている。〈杖の王〉の許可は取ってあるが、あそこは町全体が脆いから爆発とかは無理だ。そこで暗殺者には暗殺者を、ということでマリス、ジルヴァ、クレオ、トキマルあたりの人選で行く。ジャックとイスラントをこちらに入れないのはショットガン・マンとして肉屋攻撃に動員するから。もちろん〈ちびのニコラス〉にまた報復するかもしれないので、ツィーヌに残留部隊の指揮をとらせ、ヴォンモとジンパチとクリストフを主軸に守りを固めてもらう」
そのとき、来栖さんが持っている〈フライング・パンケーキ・モンスター〉から最近よくやってくる手紙がメッセンジャーボーイさんの手で運ばれて持ってこられました。手紙の主はアレサンドロさんでパンケーキ・オイスターに関するレシピが欲しいということでした。来栖さんはパンケーキで焼いた牡蠣を挟めと返事をしたようです。
白ワイン通りへと到着すると、既に市内の警吏や〈商会〉で銃を持っている人が百人以上集まっていました。
道路を挟んだ向かいには、お肉屋さんがあります。表を緑に塗って、ガラスには『殺したてのお肉』と書いてあります。変な言葉の気もしますが、それだけ新鮮という意味のようです。
店のなかには真っ二つにされた豚がぶらさがっていて、イスラントさんが倒れてしまわないか、ちょっと心配しました。開店前で店は暗く、奥が見えません。でも、別に肉を売るつもりではなく、賭博場なのだから、一階の照明不足についてあれこれ考えていないようです。
しかし、まったく、これは、と来栖さんがあきれています。
「リーロ通りと白ワイン通りはおれの眼と鼻の先にあるし、〈聖アンジュリンの子ら〉の隊舎もある。その白ワイン通りで賭場を開くあたり、なめている」
こちらはシャンガレオンさんがシャーリーンさんと参加。ボクも参加。ジャックさんとイスラントさんもショットガン持って参加、フレイさんも参加、もちろんアレンカさんも参加。
そして、ウェティアさんとフェリスさん……。
「本物の爆発――いや、爆罰を見せてやる!」
来栖さんは本気です。お肉屋さんをこの世から消滅させる気です。
でも、これだけの人数が集まれば、当然、ロジスラスさんがやってきます。
黒衣に剣を下げた聖院騎士団特殊部隊の皆さんもやってきます。
「これはなんだ?」
ロジスラスさんはほとほとあきれた様子で来栖さんにたずねました。
毎日、ふわふわたまごパンを食べることができる幸せはその表情に見られませんが、きっと心のなかでその喜びを嚙みしめていることでしょう。
ロジスラスさんの質問に来栖さんは肩をすくめて、
「よき市民として、おまわりさんに協力してるんだ」
「お前が考えたことだろう?」
「いや。おまわりさんがディアボロスのアジトを吹き飛ばすからピストル・マンは大集合っていわれたんだ。ほら、おまわりさんもいっぱいいるでしょ? 別におれもやつらを皆殺しにしようなんて、思ってない。投降を促す使者をいま出したところだ」
そう言いながら、指し示した先にはウェティアさんとフェリスさんが手をつないでうまく押し花をつくる方法を話しながら肉屋の『殺したてのお肉』を開いて、なかに入っていくところでした。
「殺す気に満ちた人選だな」
「そんなことないって。ただ、後でなんで言わなかったって言われるのが嫌だから言っておくけど――そこ、ガラス飛んでくるよ」
どんがらがっしゃん、ちゅっどーん!とすってんころりん、どっかーん!の音は世界で一番強力な打楽器を一度に鳴らしたようなすごい音で、店の表が吹き飛んで、ガラスと緑の木片と焼き肉が赤ワイン通りの舗道にドバっとばらまかれました。
あ、よく見ると、焦げてボロボロになった死体の一部が道に落ちています。
でも、イスラントさんがぶくぶくぶく!と泡を吐かないところを見ると、まだ目に入っていないか、目に入ったとしてもコーヒー豆を入れた袋くらいにしか思っていないか……肉屋だから大きめの肉とかだと思ってるのかもしれません。でも、あれは絶対人体ですよ。だって、牛は牛革の靴なんて履かないですから。
白髪頭のずんぐりした警吏さんが「よおし! 無駄な抵抗はやめて、大人しく出てこい!」と呼びかけ、真っ暗で焦げくさい店のなかから、ケホケホしながらウェティアとフェリスが出てきました。
「おーい、味方だ。うちの身内。撃つなあ」
白髪頭の警吏さんは部下にウインクで皆殺しの意志を伝え、さらに呼びかけます。
「あと十秒だけ待ってやる。出てこなかったら全員蜂の巣だ。十、九、八、七、六、五四三二一――」
ダーン!
みんな、え? 誰が撃ったんだ?って顔をしていました。誰も撃っていないのです。
もちろんボクも。
白髪頭の警吏さんはそのまま仰向けに倒れ、その眉間には一発の焦げた穴が開いていて――。
洞窟みたいに開けた肉屋、その真っ暗でちぎれたソーセージがぶら下がる奥からまた火花が散って、やくざの羽根帽子を吹き飛ばすと、こっちも一斉に銃身を振り上げて、引き金を引きまくりました。
銃声が絶えることなく、弾が肉屋に撃ち込まれ、肉屋も暗闇のなかから乱れ撃ちに反撃します。
「いったい何丁あるんだ!」
ボクも回転砲塔に装備したミスリル鋼製の三十七粍多目的突撃砲を発射します。
反動を装脚で受け止めて、火のついた砲弾の行く末にあるもの全ての破裂を示す轟音がなりましたが、相手側の発砲は弱まるどころか、ますます激しくなります。
クルス・ファミリーにも全員自由射撃の命令が下りました。
フレイさんはサイバーパンクな半透明の青い翼を装備して、レーザーのようなものを撃ち込み、アレンカさんも市街地で使えるギリギリの威力の炎魔法を放っています。
鉛の丸玉、小型砲の丸玉、釘の頭の霞、古代兵器のレーザー、螺旋を描きながら飛ぶ炎、マブいシャーリーンさんのライフル弾……。
カラヴァルヴァ設立以来の火力が一軒の肉屋に叩き込まれ、さらに宇宙の神秘、なかではまだ生きてる人がいて、それどころかピストルやマスケットを途切れなく撃ち返している……。
そのうち白ワイン通りは濃く白くてフィルターがカラカラになる硝煙に包まれて、何も見えなくなり、みな銃火を狙って撃つようになりました。
ボクの隣にはどこかの商会所属のマスケット・マンがいて、大きな目でぎょろっとボクのことを見たのですが、回転砲塔を見たことがないに違いありません。
大口径マスケット銃をY字の金具がついた棒で支え、注意深く狙った一発をお見舞いし、また弾を込めています。
ボクは砲弾と黒色火薬を詰め込んだ取り外し型砲尾薬莢を取り換えて砲の後ろから砲弾を装填できますが、そうでない場合、この弾を込める作業がまた時間がかかります。
まず火薬を銃口から流し込み、次に弾を押し込み、込め矢と呼ばれる棒で奥まで押し込む。
次に火皿に火薬を入れ、そして、撃鉄がわりの金具に火縄がついていることを確認してから狙い、撃つ。
これがだいたい三十秒くらいです。シャンガレオンさんのシャーリーンさんも同じやり方で弾を込めていて、時間はもうちょっと早いですが、それでも二十秒を切ることはありません。
この手間のかかる射撃が音が途切れることなく撃ち続けられるのだから、この撃ち合いに出張った人数と銃の数が知れるというものです。
そんなことを考えながら、次の砲弾を装填していると、そばにシャンガレオンとイスラントらしい影がもぞもぞしているのが見えました。
「おい、イスラント、煙の出ねえ銃はないのかよ! 煙だらけで何にも見えねえぞ!」
「じゃあ、きみのシャーリーンは煙が出ないのか?」
「失礼なこと言うんじゃねえ。シャーリーンが吐くのは甘い吐息だ。ごめんな、シャーリーン。あいつはクール系ツンデレライバルだから口が悪いんだ」
撃ち方やめ!という警吏さんの太い声が響き、両陣営、射撃が止まりました。撃つのは禁じられても、取り換え砲尾薬莢に砲弾と火薬を詰め込むことは禁じられていません。そして、皆さんも同じことを考えたのかいまのうちにせっせと弾を込めます。
「無駄な抵抗をやめて、大人しく出てこい! でねえと、マジで皆殺しだぞ!」
白い濃密な硝煙がリーロ通りのほうへ流れていき、お肉屋さんが見えてきましたが、ソーセージも壁も完全に吹き飛ばされていて、暗闇のなかでちらちらと小さな火が閃いています。
すると、全身を重騎兵用の鎧に包んだ人たちが手を上げて、出てきました。
胸当てや脛当てには弾がぶつかった跡がいくつも残っています。
あれだけの攻撃を受けても平気なはずです。
来栖さんがずるっぽい顔をして、ちょっと待て、といって護送車に入る人たちを呼び止めます。
「一度しか言わないからよくきけよ。あの肉屋をつくった大工の住所を教えろ。でないと、死の部屋にぶちこんでやる」




