第十四話 ラケッティア、テキヤ巡視官ミツルの午後の部。
さて、お腹もいっぱいになったところで、巡回を再開する。
パウドリーナ・フラネミリオ。二十五歳。
おお、名前がきちんと表記されている。
雇い主の給料を払おうとする意志が垣間見えるやんけ、と思ったよい子のパンダのみんなはオレオレ詐欺に気をつけようね。
パウドリーナ・フラネミリオは元自警団の弓使いだった。
自警団のころは村から少ないながらも給料がもらえていて、それが国王陛下の傭兵隊に組み込まれると、給料が出なくなったってそれだけの話。
こんなに給料がもらえなくて、どうやって生きてるの?っていうか、そもそもどうして戦うのか不思議だが、まあ、ときどきストライキは起こすらしい。
そうしたら、お姫さまにちょっとだけ、ミジンコレベルにちょっとだけへりくだった手紙を出させて、傭兵の皆さんのご協力が必要なのです、と書いておけば、まあ、傭兵たちは三回くらいは戦ってくれる。
おれたちはカネにシビアだ!ってクールぶって威張ってる傭兵たちだが、自尊心があまりに強すぎて、大公女とか皇后とかのミジンコ手紙一通で、ま、しょうがねえなあ!って気分になってしまう。
そんな傭兵隊なわけだが、このパウドリーナさん、非常に大きな特徴がある。
二十五歳なのに十三歳にしか見えない。
背が小さくて、童顔でお肌がぶるぶる。
ドワーフ系の種族とかかと思ったが、人間である。
ミミちゃんは幼女のときに会いたかったと悔しがっている。
こいつ、相変わらずクライム・サスペンスみたいな考え方してるなあ。
「えーと、パウドリーナさん」
「パウラでいいわよ」
「パウラさん。これ、悪意のない質問なんすけど、そんなに背が小さいと弓引くのに苦労しない?」
「右腕が二十センチ長いから大丈夫」
確かに左右の腕の長さが違う。
自警団の前は祖父に従って狩人をしていて、物心ついたころから弓に触れていたため、こうなったらしい。
ちなみに生涯で最も実入りが良かったのは、その狩人時代だそうな。
本職業で記録更新できることをお祈り申し上げます。
さて、彼女の職業はポーション売りである。
住む家もないので、それも一緒に頼むといわれ、デ・ラ・フエンサ通りにほったらかされている馬車のことを思い出した。
昔はスープでも売っていたらしいその馬車の棚に筒みたいに丸めて縛った羊皮紙やそこらから引っこ抜いたニンジンやゴボウ、乳鉢、謎の小箱を並べ、赤銅の釜に鍋をかけて紫色の染料をぶち込んだ水を煮立たせる。
いかにもポーションを作っていますといった感じだ。
それにパウドリーナが凄まじい童顔であることが、どこか不老不死的スパイスをきかせている。
ちなみに売っているのは体力回復のポーションと性欲回復のポーション。
デ・ラ・フエンサ通りはそういう通りだ。
――†――†――†――
さて、最後の人はすごいですよ。
勲爵士ミカエル・マルムハーシュ。三十八歳。
つまり騎士です。
で、あてがった仕事は輪投げ屋さん。
おいおい、来栖ミツルがまた騎士ディスってるぜ、って言われるかもしれないけど、でも、それが一番似合うのだからしょうがない。
若干赤みがかった金髪の、少々童顔気味だが整った顔のナイスミドル。
グラムとそんなに歳は変わらないはずだが、グラムよりも十以上は若く見える。
現代日本風にいうと、イケおじってことになるんでしょうか。
でも、チョイ悪オヤジではない。
むしろ逆。少年の心を持ったまま三十八歳になった、よく『?』って顔をする、とにかくピュアなマイペース・マンです。
そのマイペース・マンは北河岸通りの船着き場近くの空き地で地面に人形や壜を並べて、輪っか二十個で銀貨一枚という割りに合わない商売をしている。
あまりにひどいので、他の商売にするかきいてきたけど、いつも昼寝していられるから、これがいいとのたもうた。
「でも、それだと儲からないじゃん」
「そうだね」
「ちゃんと食ってる?」
「お腹が減ったら寝てしまえばいい」
「え?」
「?」
食費と宿代と入湯料。どれかひとつ残せるなら何を残しますかときいたら、ためらいもなく入湯料とこたえる勲爵士さまは確かにこれまで修羅場をくぐってきた大人の男としての経験はその表情や身振りにあらわれているのだが、ともかくマイペースなのだ。
今日もおれがやってくると、景品はほとんど盗まれ、マルムハーシュは鎧下のインナー姿で両腕を頭の後ろで組んで(本人曰く、インナーは同じものが三つあるので、洗濯して代わりばんこに着ているとのこと)、ぐうぐう昼寝していた。
しかし、初めにあったときは使い込んだ白銀の鎧をつけていたはずだが、あれはどこに行ったのだろう?
河岸のほうへ目をやると、もやい綱をかけるための鉄の出っ張りにロープが結びつけられていて、何かが沈められていた。
まさか、とは思うがと思って、みんなで引っぱってみると、ズシリと重い。
全部引き上げたら、案の定、水藻がからまった網のなかに入った白銀の鎧が出てきた。
鎧を着たままでは疲れるけど、道に置いていくと盗まれる。
そこで川に沈めるという(本人だけがそう思っている)名案を思いついたらしい。
これについてきいても『?』って顔される。
わたしはなにかやってしまったかな?の『?』である。
ちなみにディアナ曰く、味方からは〈剣神〉、敵からは〈剣鬼〉と呼ばれるほどの腕前の持ち主らしいんだけど……。
あれえ? 剣がねえぞ?
〈ラ・シウダデーリャ〉に戻ると、マルムハーシュの剣とそれに輪投げの景品が早速売りに出されていた。
次の日、輪投げ屋はクルス・ファミリーのビジネスだから、ちょっかいかけるな、という通達が関係各所に出回った輪投げ騎士ミカエル・マルムハーシュなのでした。




