第十話 ラケッティア、剣を捨て正業につこう。
「きけば、王国軍はあんたらに給料三か月分の借りがある。そして、経験豊かなベテラン傭兵たるあんたらは知っているはずだ。その遅れた給料が払われることは決してないと。結局のところ、あんたらは戦いしかできないから、次の募兵にも未払い給料があっても乗るしかない。それが分かってるから、貴族どもはあんたらにカネを払わない。愛人のケツに刺すピアスにはいくらでもカネを払うのにな。でも、これからあんたたちにやらせる正業は、ずっと良心的だ。物を売る。カネをその場でもらう。な? 簡単だろ?」
おれはカラヴァルヴァにやってきた失業傭兵たちをサンタ・カタリナ大通りの倉庫街にある倉庫のひとつに集めていた。
そこはアンチョビとオイル・サーディンの出荷用倉庫で表には荷馬車の搬入口があり、裏には荷船の搬出用桟橋がある。
ちょうどアンチョビが出荷されたばかりで新しいのが来るまで時間があるときを狙って、失業傭兵たちを集め、おれはテキヤ系暴力団の親分のような真似をしている。
現実日本ではテキヤは取り締まられる一方で、おれなんかも地元の神社の祭りからテキヤが追放された後、祭りに行ってみたら、PTA主催のしょぼい祭りになっていたりしていて、やっぱりお祭りにはテキヤが必要だなあとは思う。
東京都台東区に本部を置く九代目飯島会みたいなテキヤ一本の暴力団もいるわけで、テキヤというのはなかなか管理が大変だ。
だいたい、テキヤ系暴力団は○○連合会という名前を使いがちだが、これは大小様々なテキヤの元締めが集まってできたものであって、自治権が与えられたヤクザたちがそれぞれ自由にシノギして、抗争とかがあったら、まとまって対処するというものだ。
逆を言えば、そうやって自治制度をとり入れないとテキヤ系シノギはいろいろ苦労するということだ。
ただ、カラヴァルヴァと現代日本の違いはテキヤを排除しようとする警察や役所やPTAがいないことだ。
どっこいカラヴァルヴァには街路管理官みたいな道一本一本に既得権益を持っている役人ややくざものがいる。
だから、この失業傭兵のテキヤ連合発足におれが呼ばれたわけだ。
おれが売り物と屋台を用意して、同業者に渡りをつけ、こいつらが屋台を捨てて「ひと狩り行こうぜ」と街道盗賊になったりしないよう目を光らせて、それで売り上げの半分をよこせと言いやがるのよ、あのクソ侯爵。
絶対くれてやらないけどね。銅貨一枚だって渡したくない。
文句があるなら〈死の部屋〉にぶちこんでやる。
「とにかくこっちはあんたらが私戦を起こしたりしないよう、真っ当な商売をつける。また戦争が起きて、それに参加したいってんなら止めないが、戦争がないあいだは屋台引いてラッパ吹いてガキ相手にクッキーを売ってもらう。それとこれはいい知らせだ。辺境伯戦争はすぐに再開する。どうも黒紅樹の伐採権益のことで侍従武官たちが辺境伯ともめていて、こいつらが王に戦争しろしろとせっついている。だから、ちょっとした腰かけと思って、諸君には頑張ってもらいたい」
顔がキズ痕だらけだったり、黒い眼帯をしていたり、目が殺人鬼のそれだったりする男女百人以上にクッキーを売れって言ってうまくいくかは分からないが、とにかく、おれは手にしたリストを読み上げることにした。
「じゃあ、おれが直感で決めた行商割り振りを発表する。プリモ・アベイダ――おたのしみ売り!」
「なんだよ、おたのしみって」
「おれも知らん。売ってみてのおたのしみだ」
「ヤクかな?」
「クルス・ファミリーはヤク厳禁。次、サトゥルニノ・ガルバーノ――トロルの油売り!」
そんな感じでどんどん就職させる。
来栖株式会社はお祈りメールとは無縁なのだ。
ところが――、
「ふざけんな! おれなアーティチョークなんて売らねえぞ!」
「そうだそうだ!」
「こんなことなら強盗でも山賊でもしたほうがマシだ!」
「手始めにこの倉庫にあるものを略奪してやれ!」
まあ、そう言いますわな。
でも、対策は既にとっている。
「先生ーっ! 後はよろしくお願いいたします!」
バーンと勢いよく搬入口の扉が開かれる。
「ディ、ディアナの姐御!」
そこにはカラヴァルヴァのポルノビジネスを一手に握るディアナ・ラカルトーシュの姿が!
――†――†――†――
百人近い街道盗賊予備軍がたったひとりの女騎士に従った。
ディアナの戦場時代ってどうなってんだろうな?
失業傭兵たちの言ったことを信じるなら、素手でベヒーモスと戦って勝ったとか投石機から放たれた石を頭突きで打ち返したとか、聞き分けのない駄々こねて泣きまくる子どもに母親が「そんなにいい子じゃないとディアナ・ラカルトーシュに塩かけて食べられちゃうよ!」と脅せばピタリと止まるらしいとか。
でも、ディアナ曰く、聖院騎士のアストリットに比べれば、自分はずっと大人しいらしい。
「さて、このままテキヤに落ち着くかどうか」
「傭兵たちも好きで傭兵になったものは少ないからな。わたしには戦う理由があったし、やつらもそうだ。というより、ほとんどが戦わざるを得ない理由で戦っている。もちろん純粋に戦いが好きだからというものもいるが」
「ひとりかふたり、あのなかで指導的な立場に立ってくれるやつがいれば、テキヤとしてまとまってくれるんだけどなあ」
〈ちびのニコラス〉に帰ると、大勢集まってテーブルを囲んでいた。
なに見てんだと思ったら、テーブルの上を一枚のコインがくるくるまわっている。
「なんだ、これ?」
すると、フレイが、
「お静かに願います。司令。回転開始より一時間が経過しているのです」
「一時間!?」
すると、その場にいる連中が人差し指を立てて、しーっ、とやってくる。
連中の迷信を文章化すると、コインをコマみたいにまわして、一時間以上まわってから、ぴたりと立ったまま止まれば、どんなことで願えば叶う……らしい。
「お前ら、もっとすごいことできるくせにそんな迷信を食い入るように一時間見てたのか?」
「しーっ!」
見れば、回転速度は落ちてきて、止まりそうになってきている。
さあ、止まるぞ、願い事は準備したな!? 世界をわが手に! 永遠の若さ! アルバート・アナスタシアが殺されたときに座っていた床屋の椅子!
もうほとんど止まりかけたそのとき、
ズドン! パリーン!
窓ガラスに一発穴を開けた弾丸がテーブルの上のコインを弾き飛ばした。
馬のいななきと遠ざかる蹄音が残った通りへ、マリスとツィーヌとジルヴァとジャックとフレイとトキマルとシャンガレオンとエルネストとイスラントと出待ち幽霊がそれぞれの武器を持って、
「こらぁ! 待てえ!」
と、飛び出した。




