第十話 ラケッティア、カモが的しょってやってきた。
あちゃあ。何とも間の悪いやつらだ。
カンパニーの暗殺部隊が来てる。
いや、アルビロアラの沼から毒草を買い込んでるモグリの薬剤師から、カンパニーの擬装会社から猛毒の大量の注文があったので、そっちに行くかもしれない、ときいて、これは来るかなと思ったが、こんなにはやく来るとは。
しかもヴォンモを狙うとは。
しかもヴォンモはお散歩すると言っていたが、誰にも声をかけず、カルヴェーレ街道を北に上って、町外れに行こうとしている。
こりゃ闇魔法使う気だな。
あれ使うと瘴気が凄まじくて地価が落ちるので、市内では使わないようにと言ってある。
だから、市外に出ているわけだ。
その気遣いが尊い。
でも、師匠であるガールズや、あるいはジャック、クレオあたりに声をかけずにひとりで対処するとはヴォンモらしくないなぁ。
「おそらく、我々のはやく使ってほしいという思いがヴォンモさんの意思に干渉しているようですね。無意識に自信となっているのでしょう」
と、頬を左右から手で挟み、うっとりとしたモレッティが言う。
「でも、あれ、インフルエンザにかかってふらふらしてるみたいだぞ。大丈夫かなあ。倒れたりしないかなあ」
「あっしらがついてやすよ、旦那。大船に乗ったつもりで任せてくだせえ」
「ココナッツみたいに叩き割ってやる。やつらの頭をココナッツみたいに叩き割ってやるぞ」
ヴォンモがやってきたのは森のなかにある雑草だらけの忘れられた墓地だった。そこまで来ると、カンパニーの暗殺部隊が早速姿を見せ、短剣と鉄の爪で襲いかかる。
まず、最初に目が五つあって牙の生えたカラスが六方向に伸びたヴォンモの影のなかからあらわれた。
三人の哀れな刺客がこれをまともに食らう。カラスたちのやり方はパターンがある。まず目を食べる。シチリアの家父長的な食事で羊の丸焼きが出ると、まず一家の大黒柱のお父さんが目玉を食べるのだが、カラスたちにもそういう風習があるのだろうか?
とにかく、そうやって相手を無力化するとそこから肉をついばむ作業が始まる。
ついばむというよりはそぎ落とすが正しい。ギザギザの歯を頭蓋の表面に滑らせて、見事頭の皮を剥ぐような食べ方をする。
日本にいたころ、『リング』よりも『呪怨』よりもヒッチコックの『鳥』のほうが怖かったことを思い出した。
貞子も伽椰子もめちゃくちゃだが人を襲う因果関係みたいなものがある。それにいま、よい子のパンダのみんなが立ち上がって、窓の外を見ても、貞子も伽椰子もいない。
だが、鳥は違う。なぜ凶暴化したのか分からない。いきなり襲いだす。しかも、窓の外を見れば、鳥はいくらでもいるのだ。
そんな鳥どもが一切のBGMのないなか、人をつつき殺す。
そんなわけで、おれはいま、盛大にゲロを吐いています。
「ゲーッ、オエーッ!」
闇魔法も第二段階に入ると、暗殺部隊におよびがかかる。
「さあっ、一族郎党張り切って、業務手当を稼ぐでやんす」
六つに伸びたヴォンモの影から鷲鼻全身タイツのキキキな暗殺部隊がところてんの逆バージョンを見せながら影を引きずりつつあらわれて、不公平性をなくすため綿密に分析された業務手当の数々を稼いだ――斬首手当、八つ裂き手当、貫通手当、バラバラ手当、大脳露出手当、四肢切断手当などなど。
「ゲーッ、オエーッ!」
やーい、お前んちの業務手当、スプラッター!
「ゲーッ、オエーッ!」
こっちはゲロがなくなって胃液まで吐き出すのに元気のいいやつがひとり。
「おれはココナッツ・マンだ! お前その一からお前三十七の頭をココナッツみたいに叩き割ってやる!」
ココナッツ・マンが肉切り包丁を振るうと、殺し屋たちの頭蓋が次々と雷に打たれたみたいに真っ二つになる。
まずい。
砕けた頭蓋から飛び散る血潮と脳漿を見て、「なんだ、これだけか」と思っている自分がいる。
あなた、人の心持ってますか?ってたずねられたら、目をそらしながら「ええ、まあ」とこたえなきゃいけない人間になりつつある。
「……」
「……」
さて、さっきからおれの後ろで黙って立っている少女がいる。
仮に大聖堂のカッちゃんと名づける。
自分の建築様式をよくわかっている彼女は見事なゴシック・ロリータであり、整っているがこれっぽっちも楽しくなさそう顔で、いつもうさちゃんのぬいぐるみを抱いているのだが、そのうさちゃんの目は大きなボタンで見事に×がついていて、口はギザギザである。
よい子のパンダのみんなを抱きかかえさせたら、もうちっと明るくなるだろうかと思うが、ちょっと分からない。
「あの、そろそろ行きます?」
こくり、とうなずく。
バッハのパッサカリアみたいな暗い音楽を流しながらカウキャッチャーと車輪で人間がズタズタになる。
「ゲーッ、オエーッ!」
轢死体はきつい!
「驚きました」
モレッティが言う。
こんなに魂が得られるとは思っていなかったのが、モレッティ自身が召喚されることになったようだ。
「ご希望の堕天使です。ご観覧ください」
モレッティがヴォンモの影からあらわれる。
こっちにいたときは曲りなりにも人間の姿を保っていたが、闇魔法であらわれたその姿は蝿の王だった。
整った顔とリボンネクタイを結んだ胸から下には縞の入った巨大な蝿の胴体。両手は長くて悪魔的な鉤づめが生えていて、足は六本とも節が張った虫の足、翼は黒い羽根と虹色に光る蝿の翅でちゃんぽん。
なるほど、グアリーノ・〈ウィリー〉・モレッティと言っただけのことはある。
ボスではないが、有力幹部、あるいはアンダーボスである。
正直、もうモレッティが正体あらわしたら、おれはヴォンモとカッちゃんと一緒にお花畑で遊んだことしか覚えていない。
ただ、ターコイズブルー・パンケーキを食べたような感覚がしたから、おれの記憶が自己防衛のためにその場で起きたことに、ありもしないことを上書きをした可能性は大だ。




